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翌日、からりとした快晴だった。
昼休み、シャツ一枚でも汗をかくような暑さだった。
汐織と春明が食事を片手に教室を出て行こうとした時、ばんっと机を叩く女子がいた。
二人は音のした方を振りむくと、三人の女子が和の席を囲んでいた。
聞き耳を立てると、その女子たちは声を荒げて和に話しかけていた。
汐織はその女子たちの顔を見て、昨日和の愚痴を言っていた女子たちだと気付いた。
その一人が語気を荒げて和に言う。
「和さん、昨日、日直の仕事しなかったでしょ。すぐにぷいとどこかに行っちゃって」
和は、面食らったようにきょとんと口を開けて座っている。
「私、ひとりで全部の仕事やったんだからね。もう大変だったんだから」
と、感情的にまくり立てる。
和がおずぞうと口を開く。
「ごめんなさい、和、忘れてて…」
今度は別の女子が和に愚痴を浴びせる。
「うそ!だってアタシの時もサボったじゃない。ホント信じられない」
和は遂に泣きそうになって声を震わす。
「ご、ごめんなさい。美術部の仕事が忙しくて…」
「そんなの皆一緒でしょ!私だって部活あったんだから」
和は黙って、俯いている。
「和さんて、いっつもふらふらしてるよね。全然忙しそうに見えないけど」
ある女子がそう言うと、一斉に他の女子もくすくすと笑い始めた。
「ぼうっと空を見上げてたりしてさ、すること無いんじゃないの?」
また、女子の集団が声を上げて笑う。
和は怯えきって、黙っている。
春明はその様子を見ていて、胸が苦しくなった。
――これは誰かが間に入った方がいい。
そう思って春明は汐織の方を向くと、汐織も心配そうに和を見ていた。
春明と汐織は顔を見合わせて頷き合った。
春明の手は緊張で震えていた。口は乾いて、唾を何度も飲み込む。
――俺は変わるんだ。友達の力になりたいんだ。
春明が決意してその集団に向かって歩き出した瞬間、椅子を引く音が教室に響く。
教室に居た生徒が一斉に、音のした方を振り向く。
檸檬が両手を机につき、席を立っていた。
檸檬は、すたすたと和の席へと向かう。
さっきまで興奮していた女子たちがたじろぐ。
「な、なによ、堂島さん。あなたには関係ないでしょ」
檸檬はじろりとその女子を見下ろす。
女子は気圧されて、視線をそらし黙り込む。
すると檸檬は和の手を引っ張ると、教室の外へと連れ出して言った。
女子たちは檸檬がいなくなるとほっと息を吐いた。
「何なのかしら、堂島さんったら。ホントわけわかんない」
女子たちはぶつぶつと文句をたれている。
春明と汐織は檸檬と和のあとを追った。
檸檬と和は廊下の突当りに居た。
和は、半泣きでひくんひくんと体を動かしている。
春明と汐織が来たのを見ると、和は目を擦って二人に向き直る。
「和、大丈夫?」と汐織が心配そうにたずねる。
和は瞳を潤ませたまま、俯いて口を開かない。
春明もなんと声をかけたらいいかわからず、黙っている。
しばらくの間その場を、沈黙が包む。
その静寂を破ったのは和だった。
「和ね、一年生の時も同じことがあったんだ…」
三人は黙って和の次の言葉を待った。
「その時はね、しばらく学校休んじゃってね。また学校に行った時には、怒っていた女子も呆れたのか知らないけどもう何も言ってこなかったの」
和は涙を堪えて話し続ける。
「和はね、正直人間関係が嫌いなの…。自然とか動物を見て、それでなにか閃いて、そして絵を描いて。それだけしていたいの。だからね、向うが怒っても、和の事を馬鹿にしても、呆れられてもいいんだ…。和が思うようにできればいいの…」
和は一通り言い終えると、すきっりしたのか先ほどより大分落ち着いていた。
また、場が沈黙に包まれる。
春明はおろおろと落ち着きがなく、和をちらちらと見ている。
檸檬は腕を組んで口を堅く結んでいる。
汐織はしばらく考えて込んでいたが、ふと口を開く。
「和、それは和にも原因があるよ。学校にいる間はやっぱり規則に従わなくちゃいけないと思う」
汐織の言葉を聞くと、和はまた興奮し始めて声高に答える。
「和には、夢が…目標があるの。そのためには人間関係なんてことに縛られたくないの!ひたすら、自然に触れて、それで絵を描いて…」
和は、一気にしゃべり立てて、肩を激しく上下させている。
「でも…」と春明が口を挟む。
和はそれに答えず、また興奮して話し始める。
「和は、人間関係とか社会とそういうの嫌なの。だから絵を描いて生きていきたいの!みんなにはぼうっとしているように見えても、和にはちゃんと理由があるの!あれも絵の為なの!」
和は春明の方を救いを求めるように視線を向ける。
「春明くんならわかるよね…。春明くんも自然が大好きだって言ってたし…」
話しを振られた春明は、少しの間考え込んでから、不安そうに口を開いた。
「…和の絵に対する情熱はわかるけど。やっぱり学校にいる間はルールを…」
「もういいよ!」と和は春明の話を掻き消す。
和は、両手を握りしめ、下唇を噛み締める。
和の頬に、ぼろぼろと涙がつたっていく。
「和…」と汐織が心配そうに、和の肩に手を出す。
和はそれに気がつくと、ぱしんと払いのけた。
それから、キッとした表情で三人を見回して話し始める。
「どうせ春明君も汐織ちゃんも…檸檬ちゃんだって、和のこと馬鹿にしてるんだ!いつもふらふらして何考えてるんだかわからないって!」
ぱんっと廊下に鋭い音が響く。
檸檬が和の頬を叩いた音だった。
春明と汐織は何が起こったのかわからず呆然としていた。
頬を叩かれた和も自分の身に何が起こったかわからずきょとんとしている。
檸檬は腕を振り切ったままで話し始めた。
「それは…和のわがまま…」
少ししてから、和はぼろぼろと大粒の涙を流す。
「もういいよ、学校も人間も嫌い!」
和は大声でそう叫ぶと、走って階段を下りていった。
「和!」と春明が呼び止めるも、和は振り向きもしないで駆けていく。
遠く離れ教室から、件の女子達が顔を覗かしていた。
しばらくの間、三人は黙ってその場で固まっていた。
外は既に陽が落ち、空は紫色に薄く染まって、校内は薄暗くなっていた。




