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翌日。
昼休み、春明と汐織はいつものベンチにいた。
「和は、交通安全ポスターの件で美術部の人と話し合ってるみたいよ」
「そっか、和も忙しいんだね」と紙パックのジュースを片手に春明は答える。
汐織は、カバンからノートを取り出して話し始める。
「私ね、今回の件で反省したの」
春明は真面目な表情になって、汐織の方を向く。
「誰々と仲良くなる…って誰か一人を指定して細かく計画を立てるのはやめにするわ」
「そう…か」と春明は頷く。
「相手も嫌な思いをするだろうなって。だからね、あなた自身が変わるようにだけ努めていこうと思うの。そうすれば自然に友達も出来ていくだろうし、いつかは恋人だって」
春明は黙って聞き続けている。
「あなたが焦る気持ちもわかるけど、こうするのが一番だと思う」
「…わかった」
「じゃあこれで決まりね。この話は終わり」
汐織は話を切り上げると、ノートを春明に突き出す。
「これ、口説き文句を書き足しておいたから」
「この口説き文句、継続するのね」
春明はしぶしぶと受けとった。
「それでね」と汐織は春明に顔を寄せて囁き始める。
「朝にね、和から聞いたんだけど、昨日あの後、堂島さんと帰ったんだって?」
「ああ、そうだよ。途中までの短い間だったけどね」
「そうなんだ…で、やっぱり不良だった?タバコ吸いだしたりとか…」
春明は半ば呆れながら答える。
「そんなことしてないよ。それに俺は堂島さんが不良だとは思えないけどね」
「なんでそう思うのよ」と汐織は怪訝に聞き返す。
「逆にこっちが聞きたいよ。昨日の和の家での作業の間だって普通にしてたじゃん」
「確かにあの時は落ち着いていたけど…やっぱり見た目が怖くて。殆ど喋らなかったし…」
「確かに見た目は怖いけどね…汐織も話してみればわかると思うよ」
「うぅん」と汐織は腕を組んで難しい表情になる。
「ま、今はそのことは置いておいて、口説き文句の練習をしましょうか」
と汐織は嬉々として言った。
「うへぇ」と春明はげんなりしつつも練習を始めた。
放課後。昼間は晴れていたが、外にはぽつぽつと弱い雨が降りだした。
汐織は雨が収まるまで、教室で読書をすることにした。
春明はバイトに行き、和はいつものようにふらふらと外へ出て行った。
雨の為か、教室にはまだ生徒が多くいた。
ふと、ある集団の女子が、ヒステリックに声を上げた。
汐織は本を開いたまま、その集団にに耳を傾ける。
「和さんたら今日日直なのに、またふらふらどこかへ行って!」
別の女子が言う。
「和さんて私と日直だった時も、全然仕事してくれなかったのよ」
周りの女子生徒も「わかるわかる」と同調して頷く。
「もう、明日本人に文句言ってやるわ」
ある女子が息巻いて言った。
その後もその集団は、延々と和への愚痴を言い合っていた。
聞いていられなくなった汐織は、図書室へ逃げ出した。
汐織が図書室に向かうと、ある席に檸檬が文庫本を片手に座っていた。
「うっ」と汐織は思わず声を漏らして怯んだ。
しかしすぐに取り繕って、
「ど、どうも…」と軽く頭を下げた。
檸檬もほんの少しだけ頭を下げる。
汐織は檸檬と離れた席に座ると、檸檬の方をまじまじと見つめた。
――やっぱり怖いわ…。
一体、何を読んでいるのだろう。
汐織はじいっと目を凝らす。
――あ、あの本は、最近話題になってる恋愛小説だわ。
その本はちょうど今、汐織も読んでいる本だった。
――意外だわ…。ひょっとして春明の言う通りで、普通の子なのかしら…
ふと、檸檬が汐織の視線に気づく。
檸檬はぎろりと汐織を睨み付けた。
「ひっ」
汐織は本で顔隠して縮み上がった。
――いいえ、やっぱり不良だわ。
檸檬はぱたんと本を閉じると、席を立って図書室を出て行った。
汐織はふぅと息を吐いて、窓の外を見る。
すっかり雨は上がっていて、雨雲のない青空が広がっていた。




