30
テーブルの上には皿に盛られたお菓子と、コップに入れられたジュースが並べられている。
「それじゃあ作業を始めようね」
和はカバンから紙の山を取り出すと、それを三等分に分けて、二人に渡す。
「それじゃあ、この中から二人がいいと思ったのを分けていってね」
二人は頷くと早速、作業を始めた。
三人は集中して、黙々と作業をしている。
部屋の中には紙が擦れる音だけが響いている。
誰も手をつけない飲み物はからんと氷を鳴らす。
その静寂を突然鳴ったチャイムが壊す。
春明と汐織は驚いてびくんと体を跳ねあがらせた。
「あ、もしかして檸檬ちゃんかなぁ」
「檸檬…あぁ、堂島さんの事かしら…」と少し不安そうに和に聞いた。
「そうだよ、ちょっと待っててね」
そう言うと和は立ち上がって玄関へと駆けて行った。
「そういえばたまに和と堂島さんが話してるの見るなぁ」
汐織は春明に顔を寄せて小声で話しかける。
「でも堂島さんって、その…不良っぽくないかしら。和さんと仲がいいのが意外で…」
「そうか、見た目がちょっと怖いだけで、そんな不良とは違うと思うけどな」
そんな話しをしていると和が檸檬を連れてリビングに戻ってくる。
春明と汐織は堂島檸檬を見上げる。
檸檬と和が並ぶとその身長の高さが際立つ。春明より背が高いのは間違いなかった。茶色い髪の毛は少し痛んでいるのかぱさぱさとしていて、長さは背中まであった。細い眉毛と目尻が上がった目は、顔の印象をきつく鋭いものにしている。口は固く一文字に結んでいる。シャツを荒く着こなしていて、大きな胸がはだけている。スカートは短く、長い両脚がすらりと伸びている。
檸檬はその切れ長の目でじろりと二人を見下ろす。
汐織は、縮みがってしまう。
「どうも」と春木はぽりぽりと後ろ頭を掻きながら挨拶した。
「こ、こんにちは」と汐織もどもりながらなんとか声を出した。
檸檬は二人を見つめるだけで口を開かず、どかっと座ると胡坐をかいた。
「檸檬ちゃん、恥ずかしがり屋だから、ごめんね二人とも」
「二人はね和の友達の、春明くんと汐織ちゃん。同じクラスだから知ってると思うけど」
和が言うも、汐織は委縮してしまっている。
和がキッチンから檸檬用のジュースを持ってくる。
ジュースをテーブルに置くと、和は檸檬の顔を覗きこむ。
「檸檬ちゃんも手伝ってくれるよね?」
春明と汐織も檸檬に注目する。
檸檬は口を一文字に結んだまま頷く。
「ありがとう、檸檬ちゃん」と和はよろこぶ。
和はもう一つ紙の山をつくると檸檬に渡す。
「それじゃあまた、作業しようね」
四人は、ぱらぱらと紙をめくり始める。
汐織はちらちらと檸檬の様子のを見る。
檸檬は相変わらず硬い表情のままで作業している。
「あー、これ可愛いなぁ」
「これも、いいなぁ」
和は一つ一つじっくりと見ていて、なかなか作業が進んでいない。
春明は、集中して無言になっている。
四人はそれぞれのペースで作業していた。
作業を始めてから一時間程度経った。
和がぐいと体を伸ばしてから口を開く。
「うぅん、疲れたね。ちょっと休憩しよっか」
「そうね、私もちょっと休もうと思ってたの」と汐織も背を伸ばす。
春明も頷くと、ジュースをごくごくと飲み始める。
「春明くん、大分作業進めたねぇ。すごいよ」
春明はぽりぽりと頭を掻きながら照れて言う。
「俺、こういう単純作業するとのめり込んじゃうんだよね」
「そうなんだぁ。和はね、どれも可愛くてなかなか選べなくて」
「私もなかなか選べなくて…」
「それだけよく考えるているんだよ、汐織ちゃんは」
汐織も和と同じ程度の作業量だった。
「檸檬ちゃんはどうかな?わ、すごい進めたねぇ、さすが檸檬ちゃん」
「ほんとだ、俺より進んでる。すごいね」と春明も関心した。
檸檬は仏頂面のままでいる。心なしか頬がほんのり赤い。
「そういえば」と春明が切り出す。
「堂島さんて、どこに住んでるの?」
檸檬はあらぬ方向を見たまま、素っ気なく答える。
「ショッピングモールの…すぐ裏…」
「へぇ、すごいここから近いね」
和が身を乗り出して話に入る。
「そうなの、だからねよく遊びにくるし、お泊りしたりするんだよ」
和はにこにこと嬉しそうに言った。
そのあと、四人は他愛無い話を続けた。
汐織は時計を確認すると、
「あ、あたしもう帰らなくちゃ。夕飯の手伝いがあるの」
汐織は慌てて準備を始める。
「そっかぁ、それじゃあまたね」と和は残念そうに言った。
靴を履いた汐織は振り向いて挨拶をする。
「お邪魔しました。また明日ね和」
「うんじゃあねぇ汐織ちゃん」と惜しみながら手を振る。
「さて」と和が話しはじめる。
時計を確認する和。
「あとちょっとは作業できそうだね。二人ともまだ時間は大丈夫?」
「ああ、俺はまだ大丈夫だよ」
檸檬も相変わらず硬い表情だが、和の方を見て頷く。
「それじゃあ、作業始めようか。ひょっとしたら今日のうちに終わるかもねぇ」
テーブルの上のお菓子や飲み物をどかすと、三人はまた作業にかかった。
「…終わったぁ」
和が両手を上げて背筋を伸ばす。
春明も首をぽきぽきと鳴らして大きく息を吐く。
「二人ともありがとう。こんなに早く終わるなんて思わなかったよぉ」
「いやぁ、堂島さんが一番頑張ったよ。すごい集中力だね」
「そんな…ことはない…」
檸檬はぶつぶつと小声で答える。
「それじゃあ二人の選んだものをちょっと見せてもらうね」
和はそう言うと、檸檬の分けた紙の山の片方を手に取ると、ぱらぱらとめくり始めた。
檸檬は和の表情をうかがうようにちらちらと見ている。
「わぁ、これもいいね…。あっ、これって」
和が手元の紙の束から一枚の紙を取り出す。
和はその紙を二人に見せるように、テーブルの真ん中に置く。
そうしてから和は嬉しそうに言う。
「これ、春明くんの書いたやつだよね。うんうん、流石檸檬ちゃん、見る眼があるね」
檸檬はそれを聞くとじっと俯いたまま答える。
「別に…関係ないだろ…」
春明は自分のアイディアが選ばれて、嬉しくなって正直に言う。
「やっぱり嬉しいもんだね、自分のが選ばれると」
檸檬は、ちらりと一瞬だけ春明を見ると、またぷいっとあらぬ方向を向く。
和はまた、ぱらぱらと紙をめくり始める。
「うんうん、やっぱり檸檬ちゃんは良いセンスしてるよ」
一通り見終わると、とんとんと紙を揃えてから、クリップでとめる。
「それじゃ今度は春明くんのを拝見」と和は楽しげに言った。
ぱらぱらと紙をめくりながら和は言う。
「うん、春明くんのセンスもなかなか…」
「なんか恥ずかしいな」と春明は頭ぽりぽりと掻く。
「あっ、これって…」と一枚の紙を抜き出すと、檸檬に見せる。
「これって檸檬ちゃんの描いたのだよね」
檸檬はそれを見ると少しの間固まってから、黙って頷く。
「なんか運命的っていうか、嬉しいよねぇ」と和は無邪気に言った。
檸檬は頬を赤くしてそっぽを向く。
春明は檸檬のアイディアを選んだ理由を話し始める。
「なんかこう、いい意味で素朴で率直で、子供とかにもわかりやす気がして。それにさ、このマスコットキャラ的な動物が可愛いかなって」
檸檬はぎぎぎと固い動きで春明の方を向いて口を開く。
「…ダッキー」と消え入るような声で呟いた。
「え、なんて?」と聞き漏らした春明が聞き返す。
「…ダッキー。ダックスフントのダッキー」
檸檬は両手を握りしめて熱っぽい声で言った。
「へぇ、名前まであるんだ」
檸檬はこくこくと頷く。
和は、春明の選んだアイディアを全て確認すると、さっきの檸檬の選んだアイディアと一つにまとめる。
「これをまた美術部のみんなと、もう一度選別するの」と和が説明した。
「ふぅ、これで終わりっ。今日は本当にありがとうね」
「いやいや、結構楽しかったよ」
春明はぽきぽきと首を鳴らす。
檸檬は相変わらず仏頂面でいる。
和が時計を確認する。
「もう大分遅くなったね。二人ともどうする?家で晩御飯食べて行ってもいいけど」
「いや、俺は帰るよ。家にご飯が用意してあるだろうし」
「そっかぁ、残念だけどしょうがないよね…檸檬ちゃんはどうする?」
そう聞かれた檸檬は、和に振り向くと首を左右に振った。
「檸檬ちゃんも今日は、帰るのかぁ。寂しいな」
二人は腰を上げると鞄を手に持つ。
春明は、ふと思いつく。
そうだ、堂島さんと途中まで一緒に帰ろうか。
ちょっと誘ってみようか…。
春明は、勇気を振り絞って声を出す。
「ど、堂島さん。途中まで帰り道一緒だよね。もしよかったら一緒に帰らない?」
檸檬はそれを聞くと、春明の顔をじっと見つめた後、口を開く。
「…別にいいけど」
春明は檸檬の返事を聞くとほっと胸をなでおろす。それから和に向き直り、
「それじゃあ俺たち、もう行くから」
和は玄関まで見送りに来る。
「じゃあ、また明日ね。またね二人とも」
「ああ、じゃあね。お邪魔しました」
二人は和のマンションを後にした。




