26
翌日、昨日と打って変わって空は澄んだ青色を見せていた。
昼休みになると、和はぷいとどこかへ向かって行った。
春明と汐織は和のあとをそっとつけていく。
和は購買で菓子パンを買うと中庭の方へと向かう。
和は中庭に着くと、芝生の上に腰を下ろす。
和の他には二、三人ほど生徒が座って駄弁っていた。
「よし、じゃあ行こうか」と春明は緊張した顔つきで汐織に言った。
汐織は少し不安そうな顔で頷く。
二人は、和のそばへ行く。
和は二人に気付くと、膨れ面になりぷいとそっぽを向く。
二人は和の傍にくると芝生の上に正座した。
和はまだそっぽを向いたままだった。
真面目な表情で春明が話し始めた。
「和さん、話を聞いてもらえるかな…」
和はそっぽを向いたままで答えない。
「話を続けるね…」
春明は出来る限り詳細に、叔父の出した条件、自分の目標の事を話した。
春明が話している間、和は俯いて黙って聞いていた。
「だから、確かに和さんを実験台にしたとも言える。正直僕もきっぱりと否定はできない。だけれども…」段々と言葉に熱がこもってくる。
「今はもう、叔父の条件とかそんなこと関係なく和さんと友達になれたことが嬉しいし、ずううしかもしれないけど、これからも友達でいたい」
春明は汐織の方ちらりと見て、そして続ける。
「俺と汐織の高校で初めて出来た友達だから…」
汐織が体を乗り出して話し出す。
「彼の条件の事や、自分の事ばかり気にしていて相手の感情の事を考えていなかったわ。本当にごめんなさい」
汐織は頭を下げて謝った。
「それに私、友達がもっと欲しいって気持ちがあって…それで周りの事が見えなくなって…あんなこと言って、反省してる…」
和はちらちらと横目で汐織のことを見るが、顔は背けて黙ったままだった。
「和さん」
汐織はそう言うと鞄からクリップでとめてある数枚の紙を取り出す。
「これ、私と彼で描いてきた交通安全のポスターのアイディア…」
汐織が渡そうするも、和はちらりと一瞥してまた顔を背ける。
汐織は悲しそうな表情で、それを芝生の上に置く。
「いらなかったら捨てていいから」と春明が言う。
二人は顔を見合わせて頷くと、立ち上がって腰についた芝生を払う。
春明が和を見て言う。
「もし、俺たちのことを許してくれるなら、また校庭隅のベンチに来て欲しいと思ってる」
「本当にごめんなさい」
汐織が改めて謝る。
「それじゃ…」と春明が言うと、二人は中庭を去っていく。
和は二人が見えなくなると、芝生の上でぱらぱらとめくれている紙を拾い上げる。
和は暫くの間、それをじっと見つめて動かない。
昼休みの終わりを知らせるチャイムが中庭に鳴り響く。
ホームルームが終わると春明は、ちらりと和の席を見る。
背の高いクラスメイトの一人と楽しげに話している。
話し相手はたしか堂島さんだったか。
――和さんは俺たち以外にも友達は沢山いるもんな…。
楽しそうに話している二人を見ていると、春明は胸がずきんと痛んだ。
汐織の方を見ると、同じように和の方をちらちらと見ていた。
視線に気づいた汐織は、恥ずかしげな表情になった。
汐織は荷物をカバンに詰めると立ち上がって教室を出て行った。
春明も少し間を置いて教室を後にした。
春明が出て行くのを、和は横目で見ていた。
学校を後にしてバイト先のファミレスに着いた春明の表情は暗かった。
スタッフルームに入るや、店長が心配そうに春明に声をかける。
「春明くん、元気なそうだけど…体調でも悪いのかい?」
春明はぐったりとして猫背のまま、顔を上げる。
「いや、そんなことないですよ。体調だって悪くないです。あはは…」
春明は乾いた笑いで答えた。
「そう、ならいいんだけど…。今日もよろしく頼むよ」と春明の背中をぽんと叩く。
「はい、がんばります」と無理やりに頬を上げて答えた。
――仕事に集中して、嫌なことは忘れよう。
そうだ、今は考えないようにしよう。
あとは、和さんの選択を待つだけなんだから…。
春明は制服に着替えると頬をぱんと叩いて気合を入れてから、ホールへ向かった。
夜、汐織は食事があまり進まなかった。
綺麗な食器によそられた、洋食から湯気が上がる。
静まり返った食卓。汐織の手は止まっていた。
汐織の母親が心配して声をかける。
「汐織、全然食べてないみたいだけど、体調でも悪いの?」
汐織は母親のほうを振り向きもせずに答える。
「別に…なんでもない」と素っ気なく言った。
汐織がじろりと父の顔を伺う。
「…」
父はいつも通り、我関せずといった風に、黙って食事をしている。
――この父親は自分の娘に関心がないのだろうか。
こんな男が恋愛や結婚の本を書いたのか…。
ただでさえ、和との一件でささくれていた心が、更に荒れていく。
母はあたふたと父と汐織の顔を交互に見る。
今の汐織には、母の存在すらも忌々しかった。
「…ごちそうさま」とフォークを乱暴に置くと汐織は席を立つ。
「汐織…」と母が不安そうにつぶやく。
汐織はつんけんとした動きで食卓を後にした。
自分の部屋に戻った汐織は、ベッドに体を投げ出す。
四肢を放り出して、視線は天井に注がれる。
ふと和のふわふわした髪の毛が頭に浮かんだ。
汐織は自分の掌を掲げて、じっと見つめる。
握っては開いてを繰り返す。
和の手の感触を思い出す。
――和さん…。
和さんと話したのはたった数日だ。
だけど高校でできた初めて友達。
なのに、なのに私は彼女を傷つけてしまった。
あんな失礼な事を言ったんだ。許してもらえなくて当然だ。
きっともう、いつものベンチには来ないだろう。
「こんなもの」と枕元に置いてあったノートを乱暴に払う。
そもそも友達なんてどうやってできるのだろう。
――友達つくるものではなくは自然にできるもの。
よく見聞きする言葉だ。言葉では何とでも言えるし、何とでも意味をとれる。
私たちは間違っていたのだろうか?
どうすればよかったのだろうか。
汐織の瞳が潤んで細まる。
汐織は電気を消すと枕に顔を埋めた。




