25
次の日は大雨だった。
蒸し返すような暑さと湿気、そして雨の日の鼻につく匂いが教室に満ちている。
昼休みなると、春明と汐織は仕方なく屋上前の階段に座り込んでで話し合うことにした。
階段の下からは、昼休みの喧騒が遠くに聞こえる。
和は昼休みが始まった途端、ぴゅっと教室を出て行った。
春明は渡されたノートを開いて読み始める。
「《当面の目標:友達の輪を広げる事》《急がば回れ、まずは地盤をしっかりと》」
「そうよ、物事には段階があるからね。愛の階梯よ」
「なんて?」と春明は最後の言葉が聞き取れず、聞き返す。
こほんと小さな咳。汐織は話し始める。
「な、なんでもないわ。まぁいきなり告白って手もあるだろうけど、正直あなたじゃ色んな意味で難しいと思うの」
「はっきり言うなぁ…」
「現実的と言ってほしいわ」
「だからね」と汐織は続ける。
「和さんって色んな人に可愛がられているじゃない。だからね、和さんを中心に沢山の人と触れ合う機会が多くなると思うの。それだけ友達をつくる機会が増えると思う」
「…うん、理屈はわかるけど、なんだか和さんに悪い気がするというかなんというか…」
「私もねそのことが気になっていたのよ…」
ふと階段の下から、がそごそと音が響いてきた。
春明と汐織はびくんと体を緊張させる。
汐織が絞りだしたような細い声を出す。
「だ、誰かいるの」
少し間を置いてから、人影がすっとあらわれた。
人影は、パンを抱えた和だった。
和の表情は暗く険しかった。
「春明くん…汐織ちゃん…」と震えた声で言った。
「今の話…一体何なの…」
和は段々と瞳を潤ませる。わなわなと震えている。
「和さん…」と思考が停止し、それ以上何も言えずに呆然とする春明。
「一体何の話なの、和を中心にどうだこうだって…」
「違うの和さん、言葉が悪かっただけで――」汐織が慌てて言うのを和が遮る。
「二人の話、細かい事はよくわからないけど、つまりは和の事を踏み台にして、誰かと仲良くなろうってことでしょ」と語気を荒げて言った。
和は感情的になって続ける。
「そんな目的のために和に話しかけたんだ…。最初からそのつもりで和と接していたんだ…」
和は俯いてわなわなと震えている。
「それは…」と汐織は言い淀む。
和はキッと顔を上げる。
「否定しないんだ、ひどいよ二人とも。和をモノみたいにしてさ!和を実験台みたいに!」
和は体を翻してこの場を去ろうとする。
「ちょっと待って!和さん、話を」と春明が叫ぶ。
和はパンを数個落として拾おうともせず、階段を駆け足で降りて行った。
放課後、春明と汐織は教室で二人してがっくりとうなだれていた。
夕陽に染められた教室には二人以外誰もいなかった。
「だから言ったのよ、正直に話すべきだって」
汐織は甲高い声で春明に迫る。
「俺だっていつまでも隠しておくつもりはなかったさ」と春明も感情的になって答えた。
「どうするのよ、これから」
「どうするって…お前の言う通り、諸々の事情を正直に言って、謝るしかないだろう」
春明は頭をぼりぼりと掻いて言った。
「もう遅いわよ、こうなったら」
苛立たしげに汐織が言った。
「じゃあお前は黙っていろよ、俺だけ正直に伝えてくるから」と語気を荒げて言った。
「もう私たちの話しなんて聞いてくれないわよ」
春明は立ち上がってカバンを背負って、汐織を見ずに言う。
「明日の昼、和さんに謝りに行く。俺だけでも行くから」
そう言うと春明は教室を出て行った。
雨の降りしきる音だけが教室に響いていた。
その日の夜、春明は布団の上で、和に謝る言葉をひたすら考えていた。
――正直に全部話そう。そして謝ろう。
そうだ、確かに最初は友達づくりの練習として、話しかけたとも言える。
だけど今は…純粋に和さんと友達になれてうれしい。
ずうずうしいかもしれないけど、これからも友達でいたい。
全部包み隠さず伝えて、それで謝って…。
駄目だったら諦めよう。
春明は電気を消して目を瞑った。




