20
翌日、昼休み、春明と汐織はいつもの場所、校庭隅のベンチに座ったいた。
汐織はノートを片手に春明に声高に話しかけている。
「だからね、動物の話題から入って、そのあと絵画の話に繋げていけばいいのよ」
「わ、わかった」
「私もできる限りサポートするけど…期待しないでほしいわ」
「ああ、いてくれるだけでも助かる」と心底、春明は感謝した。
「それじゃあ、野咲さんを探しにいきましょ」と汐織が歩きはじめる。
春明もそれに続こうとするが、ふと校舎の方を見つめながら歩みを止めた。
「どうしたのよ、早く行くわよ」と苛立たしげに汐織が言った。
春明は相変わらず動こうとしない。そして校舎の方を指さしながら、
「あれ、野咲さんじゃないか…?」とつぶやいた。
汐織も確認する。確かに和が二人の方に歩いて来ていた。
途端に慌てふためく二人。
「ど、どうする?」と春明がすがりつくように汐織に言う。
「ちゃ、ちゃんと予定通りにすれば問題ないわよ…多分」
「多分って…」
二人が騒いでいる間に、和はすでにベンチまで来ていた。
二人は和にちぐはぐと固い動きで向き直る。
「や、やあ、野咲さん」と春明は引きつった笑いで声をかける。
――やっぱりまだ緊張するな。
そう春明は思って、額にうっすらと汗を浮かべる。
和は普段通り、ふわふわと掴みどころの無い調子で話し始める。
「こんにちは、春明くん。やっぱりここにいたね」
そう言うと、今度は汐織の方を見て、
「ええと、霜月さん、だよね。こんにちは」
にこにことした和と対照的に汐織の表情は固く強張っている。
「こ、こんにちは」と固く答える。
「二人でなにしてたの?なにか熱心に話し合っていたみたいだけど」
二人は慌てて答える。
「いや、何でもないよ、ちょっと勉強の話をだね…」と春明が取り繕う。
「ふぅん」と和は、それ以上たずねなかった。
汐織が春明を肘で小突く。
「ほら、はやく話題をだしなさいよ」と小声で春明に囁く。
春明はごくんと唾を飲むと、意を決して話し始める。
「あ、ああそういえば、今日はまだ猫を見ていないなあ」
和は春明に振り向くと、嬉々として話に乗ってきた。
「あの猫ちゃんね、さっきグラウンドの隅で見たよ」
「そうなんだ、そういば野咲さんって昼休みはいつも、色々な所を散歩しているよね」
和は少し、考えたあとにこにことして答える。
「そうだねぇ、なんでもない風景とか草木、動物を見るのが好きなのかも」
「そうなんだ、実は僕も動物が好きなんだ」
二人の様子を見て汐織は――いい調子だ。と心の中でつぶやく。
「へぇそうなんだ。霜月さんはどう?」
急に話を振られた汐織は慌てて答える。
「わ、私も動物は好きよ」
「それじゃあ、ここにいる三人全員動物好きだねぇ」
和は嬉しそうに言った。
「霜月さんはどんな動物が好きなの?」
汐織は急な質問に慌てる。必死に言葉を探す。
「え、あ、あれよ。犬が好きよ」
「わぁ、私も犬大好きなんだよ」と汐織に微笑みかける。
汐織もつられて笑顔になる。
暫くの間、三人は犬について話し、大いに盛り上がった。
犬の話がひと段落すると、
「あのね」と和が話を切り出す、
「和も、この場所使っていいかな。日陰で涼しいし、すごく落ち着くから和もここでお昼寝とかしたいなぁって思って」
春明は急な申し出に少しの間戸惑ったが、
「も、勿論だよ。別に僕の場所って訳じゃないし。それに野咲さんともっと話せるから」
「わぁ、ありがとう」と両手を合わせて、嬉しそうにぴょんと跳ねた。
「あとね」と続けて、
「和の事は名前で呼んでいいよ。和だって春明くんのこと名前で呼んでるからねぇ」
「わかった、野咲さんがそれでいいなら…」
今度は汐織の方へ視線を向ける。
「霜月さんの事も名前で呼んでいいかな?」
「も、勿論よ。その、の、和さん」と恥ずかしそうに汐織は言った。
それを聞くと和は心底嬉しそうに笑顔になった。
そうして二人に近づくと、小さな手を伸ばして、それぞれの手を取って言う。
「嬉しいな、和たち、もう友達だね」と二人の手をきゅうっと握る。
春明も汐織は顔を赤らめる。
春明は声を震わせて言う。
「う、うん。僕もうれしいよ」
汐織は黙ったまま和の小さな手を見つめている。
二人は和の手柔らかい感触を感じながら黙っている。
和は、ぱっと手を放すと、
「それじゃ、和、もう行くね。まだ散歩したい場所があるから」
と、ふわふわと髪をなびかせながら駆けていった。
二人は手を振る事もせずに、呆然と去っていく和を眺めていた。
「友達、なれたみたいだね」と春明ぽつんと呟いた。
「そうね…」と汐織は答えた。
二人は、まだ和の温かさが残る、自分の手を見つめていた。




