18
翌日の昼休み、いつもの校庭隅のベンチに、春明と汐織の姿は見えない。
二人は、野咲和の後をつけていた。
和は昼休みが始まるとすぐに校庭へと向かった。
和は何をするでもなく、グランドの隅の低木をのぞき込んだり、校門近くに行っては並木にもたれかかってぼうっとしてみたり、落ち着きがなく動き回っていた。
そんな和を見て、春明は不思議そうに言った。
「そういえば野咲さん、昼ご飯食べてないな」
汐織も不思議そうに答える。
「そうね、いつも昼休みは教室にいないからどこか別の場所で食べていると思ってたわ」
汐織は時計を確認する。
「ほら、あんまりぐだぐだしてると休み時間終わるわよ」と春明を小突く。
春明は途端に、腰が引けて言い訳を言う。
「いや、もうっちょっとだけまって。絶対行くから、ホント」
「アンタさっきから何回その台詞言っているの。いい加減にしなさいよ」
二人が話している間に、木陰に座っていた和は、ぷいとまたどこかへ向かって行った。
汐織は春明の耳を抓りながら、
「ほら、アンタがまごついてるからどこか行っちゃったじゃない」
「あたたた、わかった、わかったから離してくれ。次は絶対行くから」
汐織は春明の耳を抓っていた手を放すと、指をスカートの裾で擦った。
「傷つくなあ」と消えるような小さい声で春明が言った。
「何か?」
「いや、何でもないです」
汐織は和の去って行った方に指を指しながら、
「ほら、あっち行ったわよ。時間的に次が最後のチャンスよ」
「わかってる…わかってるよ」と小突かれながら春明は答えた。
和は、テニスコート横にあるベンチに座っていた。
周りには、陰から覗いている汐織と春明以外には誰もいない。
和は足をぷらぷらとさせながら、ひらひらと飛んでいる蝶を目で追っている。
「ほら、行きなさいよ」と汐織は急かす。
春明は、唾を飲んでは繰り返し頷いているも、一向に動こうとしない。
「わかってる…わかってる…」と相変わらず呟いている。
耐えかねたように汐織が春明の背中を押す。
「わっ」と春明は前のめりに、和の前へと飛び出していく。
和はそんな春明を表情を変えずにちらりと見る。
「…」
不思議そうに首をかしげる和。
春明と和は黙って見つあっている。
「…あ、あの」と絞り出すように春明は声を出す。
和は相変わらずきょとんと春明を見つめている。
「きょ、今日は天気がいいですね」とかたことに言った。
少し間を置いて、和は口を開く。
「…雨が降りそうな曇りだけどねぇ」と空を指して和は言った。
春明も空を見上げる。確かに曇り空だった。
「し、白樺の新葉が薫りますねぇ」
さっきまで和が寄りかかっていた木を指して言った。
「それ、ポプラだよ」
「の、野咲さん、お話でもしませんか」乾いた口で続けて、
「僕らはし、し、シロツメクサの上に立ったのだから」
和は足もとを見る。
「ここ、舗装されてるよ」
春明も足元を見る。
そりゃあそうだ。俺は何を考えてきたんだ。
がっくりと項垂れて、春明はこの場から逃げ出したくなった。
――終わった。きっと変な奴だと思われただろうな。
もうこれ以上どうしたらいいかわからない。
遠くから二人の様子を見ていた汐織は、状況を察して頭を抱える。
春明はちらりと和をうかがうと、くすくすと体を小さく動かしていた。
「あはっ、えぇと春巻くんだよねぇ。面白いこと言うねぇ」
とふんわりとした髪を揺らして笑いながら言った。
春明は固まっていたが、すぐに引きつった笑い顔を見せる。
「あはは…春明ね、春明」と繰り返した。
「ああ、ごめん春明くん。そういえばスキー場で話した時以来だねぇ」
「お、覚えていてくれたんだ」額の汗を拭きながら答えた。
「勿論だよ、山の風景の話をしたんだよねぇ」
「そうそう、あのスキー場の雪は六月くらいまで残っているって…」
春明は徐々に慣れてきて、話もスムーズにできるようになってきた。
「春明くんって昼休みになるといつも、あっちのほう、校庭隅のベンチで昼寝しているよね」
「ああ、そうだね。あそこ人気が無くて好きなんだ。落ち着けていい場所なんだ」
そんな二人を陰から見ている汐織は、
(なんとかなったみたいね…。)と胸をなでおろす。
会話を続けていると春明の表情もやわらかくなってくる。
「たまに、野良猫が来るんだよね」と春明。
「来るねぇ、白い猫ちゃんが」
会話が弾んてきて二人とも笑顔になる。
――なんだ。話しかけさえすれば簡単じゃないか。
と、さっきまで怯えていた自分が馬鹿のように思えた。
春明はふと汐織の警句を思い出す。
《深追いは禁物。盛り上がっているうちに切り上げる》
まだ本題、芸術の話をしていないけど、これ以上は俺も話題が無い。
早々に切り上げた方がよさそうだ…。
春明はそう思って、どうやって話を切り上げようか考える。
少しの間、二人は沈黙する。
和がちらりと時計を見る。
「和、他にも行きたい所があるからもう行くね。じゃあね春明くん。またお話ししようね」
と手を振りながらてくてくと去って行った。
「ああ、じゃあね」と春明も手を振り返す。




