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テーブルに洋食が並んでいる。無言で食事をする三人。
広々と洋室には大きな柱時計があり、隅には観葉植物が青々としている。
かちゃかちゃという食事の音と、柱時計の秒針の音だけが広い部屋に響いている。
「ごちそうさま」
汐織は食事も半ばに、席を立つ。
それを見た、汐織の母親が心配そうに口を開く。
「汐織、どうしたの、こんなに残して。体調でも悪いの?」
汐織は面倒くさそうに答える。
「いや、ただ食欲がないだけだから。気にしないで」
汐織の頭の中は、放課後に聞いた春明の話のことで一杯だった。
それでも母親は食い下がって言う。
「そう、なんとなく元気がなように見えるわよ。ね、お父さん」
ちらりと汐織も父親の方を見る。
父親は黙って食事を続けている。
口を一文字に結んだしかめ面。いつもの父親の顔だった。
汐織の眉がわずかに歪む。
母親の不安そうな視線を無視し、汐織は二階の自分の部屋へと向かった。
汐織は部屋に入るとベットの上に体を投げ出した。
部屋の中はよく整理されていて、家具はベットと机、あとは壁を埋め尽くす本棚だけだった。
汐織は天井を見つめながら、春明の話を思い出す。
あんな話が現実にあるとは。本人には失礼だが面白いシチュエーションだな。
汐織の頬が僅かに上がる。
理由もなく疎遠になっていた春明が、自分から相談を持ち掛けてきた。
確かに、変わりたいという意志があるようだ。
その点、私なんかよりよっぽど勇気がある。
汐織は本棚から一冊、本をとる。タイトルは、
『恋愛理論』著者の名前は霜月達夫。汐織の父親だった。
父の書いた作品の中で一番売れている作品だそうだ。
汐織は赤い付箋のついているページを開く。
結婚や恋愛についてぐだぐだと分別じみた言葉が並べてある。
詩的で理想的な恋愛が描かれている。
別のページを開く。
《異性との友情について》
「こんなもの…」
汐織は苛立たしげに本を閉じる。
ふと、汐織の頭にあることが思い浮かぶ。
汐織はまた、本棚から本を数冊取り出す。
『恋愛詩集』や『恋愛詩選』といったものだった。
その本にも付箋がびっしりと貼ってあった。
――父親の恋愛論が、現実で通用するのかどう試す機会かもしれない。
更に続けて、あることを思いつく。
――それに、件の条件を達成する過程で、私にも女子の友達が出来るかもしれない。
汐織は、春明の恋人探しに協力することを決意する。
よし、協力してやろう。私にも得るところがあるはずだ。
それにこんな機会は滅多にないだろう。
汐織はぶつぶつ言いながら、本棚から思いつくだけ本を引っ張りだしてくる。
汐織は、真っ新なノートを開く。
持ってきた様々な本と父の書いた『恋愛論』を開いて、ノートに書き写し始めた。
その汐織の表情は、嬉々としていた。
部屋には、かりかりとシャーペンの走る音だけが響いた。




