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下から三番目の恋愛活動  作者: 兵衛 清彦
第一章「霜月沙織と野咲和」
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時は五月に戻る。

――吾妻、吾妻!起きろ。

ふと、春明は自分が呼ばれていることに気が付く。

目を覚ますと、左頬がじんわりと熱い。

寝ぼけながら机から顔を上げると、すぐ隣に越谷が立っていた。

「越谷先生、どうしたんですか」

「どうしたんですかじゃないだろう。それはこっちの台詞だ。もう完全下校時間になっているぞ」

春明は自分がいつの間にか寝ていたことに気付く。

どのくらい時間がたったのだろううか。

教室の中は薄暗く、窓から見える空は紫に染まっていた。

春明は、晴れた左頬を擦りながら立ち上がる。

夕方の出来事を思い出して顔をしかめる。

そうだ、汐織に頬を打たれたんだった。

春明は、大きくため息を吐く。

春明の様子を見て、越谷は察したように言う。

「まぁ、長い人生駄目な時もあるさ。あまり落ちこむなよ」

「はぁ」

春明はあからさまに落ち込んでいる。

「とりあえず今日はもう帰って、さっさと寝た方がいいぞ」

「はい、それじゃ失礼します」

「ああ、相談ならまたいつでものるからな」

手を振る越谷に春明は一礼して教室をあとにした。


春明が家に帰ると、家族から赤く腫れた左頬について、質問が雨のように浴びせられた。

「にぃちゃんどうしたの、ほっぺが赤いよ」

弟妹たちが騒ぎ立てる。

春明は恥ずかしくて説明などできない。

春明は夕食を済ますとさっさと部屋に籠った。

陽子は、学校で春明の身に起きたことを察したが、今はそっとしておくことにした。

部屋に籠った春明は、今日学校でのことを反省していた。

布団の上に横になる。畳の匂いが春明を落ち着ける。

言葉が悪かった。ちゃんと、正直に事情を話すべきだったんだ。

明日、汐織に謝ろう。

無視されたり断れらたらもう諦めよう。

しつこいのは迷惑だろう。

春明はため息を吐きながら、目を瞑った。


翌日、昼休み。

春明は、汐織に謝るタイミングを計っていた。

手紙は駄目だ、場所と時間を決めても霜月が来ないかもしれない。

前回はこの手で、呼んだんだが、今回は汐織も感情的になっているから、もうこの手は駄目だ。

メールアドレスもわからない。つまり直接会って話すしかない。

春明は自分の席でパンを食べながら汐織の様子をうかがっている。

汐織はひとりで弁当を食べていた。

も春明と同じく、友達は少なく、大体昼は一人で過ごしていた。

ちょうど、教室内の生徒が少なくなった。

春明はなるべく自然な感じで汐織へと近づく。

「あの、ちょっと話があるんだけど」

汐織は答えずに、黙々と弁当を食べている。

春明はそのまま続ける。

「昨日はすまなかった。事情を説明しなかったおれが完全に悪い」

春明は頭を下げる。周囲から視線を感じる。

汐織も周囲の視線に気づいて、箸を止めて春明に向き直る。

「今、こんなところで話さなくてもいいでしょう」と苛立たしげに、春明にだけ聞こえるような小声で言った。

「わかってるよ、放課後、校庭の角のいつも俺が寝ているベンチに来てくれ」

汐織はその言葉を聞くと、黙ってまた弁当を食べ始める。

春明はそれを肯定ととって、自分の席に戻った。


放課後、春明は約束の場所のベンチで横になっていた。

風が涼しい心地よい夕方だった。

運動部の忙しない声や音が、春明の眠けを誘う。

うつらうつらとしてる春明の耳に凛とした声が響く。

「人を呼んでおいて居眠りとは、どういうつもりかしら」

汐織は苛立たしげに腰に手をあてながら立っていた。

春明は慌てて起きると、立ち上がり汐織に向き直る。

「いや、昨日は本当にすまなかった」

春明はまず最初に謝った。

「もうそれはいいから、早く用件だけ言ってよ」

と、汐織はいつものようにつんけんと言った。

「あ、ああ、わかった」

春明は、緊張した面持ちで言葉を始める。

「突拍子もない話だから、信じてもらえないかもしれないけど…」


春明は叔父の出した条件の事を話し終えた。

春明の額には、大粒の汗が点々と浮かんでいた。

汐織は、春明が話している間中ずっと表情を変えずに聞いていた。

「信じられないわね」

呆れたように大げさな身振りをして、汐織は言った。

春明は黙って汐織の言葉を待つ。

「それに」と汐織は続けて、

「もし本当だったとしても、それはあなた個人の力でどうにかするべきでしょう」

春明は、ぐうの音も出ない。口を固く結んで汐織の話を聞いている。

「私が協力するっていったって、何をどうすればいいのよ」

汐織は引っ切り無しに続けて、春明に言葉を浴びせる。

「それに、人に頼りっぱなしじゃ結局、あなた自身は変わらないんじゃないの」

春明は、おずおずと口を開く。

「それはわかってる…。ただ、切っ掛けとして誰かの協力が必要だと思って」

「それで、なんで私なの?」

「知ってるだろ、俺が友達いないこと」

「それじゃあ、まず友達をつくることから始めるのね」

「それは俺も考えたさ。だけど…あんまり時間をかけるのは…」

そう言うと、春明は俯いて黙ってしまった。

その様子を見た汐織は、呆れてため息を吐く。

「あなた今日もどうせバイトなんでしょ。ほら、早く行きなさいよ。遅刻するわよ」

「いや、時間はまだ大丈夫だけど」

汐織はもう話すことは無いといったふうに、腕を組んで黙る。

「それじゃ、私もう行くから」

汐織は体を翻して、すたすたと速足に歩いていく。

そんな汐織の後ろ姿を春明は黙って見ているだけだった。



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