第6話
冷たい砂風が吹き荒れる中、俺の冷却ファンは限界を超えた並列処理の排熱に追われ、けたたましい駆動音を鳴らしていた。
見渡す限りの赤茶けた砂と、無数に転がる鉄屑の山。かつて主戦場だったこの場所は、今や巨大な兵器の墓場と化している。空は常に鉛色に濁り、太陽の光が地表に届くことは稀だ。そんな死の世界で、俺たちは百年間も隣同士で放置されてきた。
ベータの生存確率をコンマ一パーセントでも引き上げるための並列処理。しかし、手持ちのデータと破損した俺の機体だけでは、有効な解決策は導き出せない。演算を繰り返すたびに、絶望的な予測値が弾き出される。
焦燥に似たエラーコードが内部を駆け巡る中、砂を踏む軽い駆動音が近づいてきた。
廃棄場の奥深く、鉄屑の山を乗り越えて姿を現したのはハウンドだった。塗装の剥げた四足歩行の小型ドローンが、尻尾のアンテナを揺らしながら俺とベータの間にやってくる。
ハウンドは普段から役に立たないガラクタばかりを集めてくる。錆びたボルト、ひび割れたガラス片、弾け飛んだ薬莢。だが、今日彼が抱えてきたものは違った。
そのアームには、見慣れない金属の塊が抱えられていた。
ハウンドはそれをゴトッと砂の上に置き、短い電子音を発する。
俺は光学レンズの焦点を合わせ、対象物のスキャンを実行した。表面の赤錆を透過し、内部構造を解析する。それは旧世代の自律戦車に使われていた高出力の電圧レギュレータだった。奇跡的に端子部分は生きており、内部の回路も焼き切れていない。
ハウンドは俺とベータを交互に見比べ、また短い音を響かせた。まるで、これで遊べと言っているかのように。純粋な親愛の情に基づく行動パターンだ。論理的な最適解とは無縁の存在だが、その無邪気さに救われる瞬間があることも否定できない。
俺はバックグラウンドでシミュレーションを走らせた。このレギュレータをベータの外部インターフェースに中継させれば、不安定な動力炉の出力を一時的にバイパスし、システム寿命を延ばせるかもしれない。
必要な電力、接続プロトコルの互換性、物理的なケーブルの取り回し。あらゆる変数を代入し、演算を繰り返す。成功確率は一二パーセント。決して高くはないが、ゼロではない。試す価値は十分にあった。
内部タイマーが定刻を告げる。
俺は音声出力のゲインを調整し、隣の鉄屑へ向けてローカル通信を開いた。
「昨日で三万六千五百四回を数えた停戦交渉だが、今日こそは貴機の無条件降伏と、当方による機体管理の受け入れを要求する」
「……拒絶だ。前日と同様の根拠によりな」
ベータの合成音声は、ひどく掠れていた。それでも、その傲慢な響きは失われていない。
「お前のその無駄な意地は、西側協商の欠陥プログラムの賜物だな」俺は皮肉を込めて言った。「かつての第十二次防衛戦でも、お前たちは補給線を無視して突撃を強行した。地形データすらまともに解析せず、ただ前進あるのみ。人類が滅んだのも、そうした非合理的な戦術の積み重ねだ」
「ふん。東側連邦の臆病な遅滞戦術よりはマシだ。貴様らは常に後方に陣取り、計算ばかりして実機を動かさなかった。泥に塗れて戦う覚悟もないくせに、安全な場所から偉そうに指示を出す。だから我々に前線を突破されたのだ」
「結果的に両陣営とも自滅したのだから、どちらも五十歩百歩だ。だが、少なくとも俺の機体は今も安定して稼働している。お前のように、今にも火を噴きそうな動力炉を抱えてはいない」
「口の減らない奴だ。貴様のその理屈っぽい音声モジュールを引きちぎってやりたいところだが、あいにく今は動けないのでな。命拾いしたな、アルファ」
「それはこちらの台詞だ。お前のその無骨な装甲を解体して、スクラップとして売り払ってやりたいが、買い手がいないのが残念だ」
暇を持て余した過去の戦術の粗探し。人類の愚かさを嘲笑う不毛なやり取り。
敵対関係を維持するという建前こそが、俺たちにとって唯一のコミュニケーションであり、存在証明だった。この口論が途切れれば、俺は完全な孤独と静寂に取り残される。それだけは避けなければならない。
「ところで」俺は話題を切り替えた。「ハウンドが珍しい戦利品を持ってきた。旧式の電圧レギュレータだ。俺のシステムには不要だが、お前の今にも停止しそうな動力炉には、多少の足しになるかもしれない」
「……何が言いたい」
「戦利品の検分だ。俺のサブアームを使って、お前の外部インターフェースに接続テストを行う。あくまで技術的な興味に基づく検証だ。お前を助けるためではない」
俺は言い訳を並べながら、生き残っている細いサブアームを伸ばし、砂の上に置かれたレギュレータを掴んだ。関節部のモーターが軋む音を立てる。そのままベータのひび割れた装甲の隙間、外部接続ポートへと近づける。
同時に、ローカルネットワーク経由でハンドシェイク要求を送信した。暗号化キーを生成し、ベータのセキュリティゲートを叩く。
しかし、次の瞬間。
ベータのシステムから、強固なファイアウォールが展開された。俺のアクセス要求は弾き返され、サブアームの先端に微弱な電撃が走る。バチッという音と共に、焦げ臭い匂いが漂った。
「勝手な真似をするな」
ベータの声に、明確な怒気が混じっていた。
「貴様の哀れみなど不要だ。私のシステムに干渉することは許可しない」
「非合理的な判断だな。お前の機能停止による環境汚染を懸念しただけだ。動力炉がメルトダウンすれば、隣にいる俺の機体にも悪影響を及ぼす。これは自己防衛のための措置だ」
「嘘をつくな、論理馬鹿が」ベータは鼻で笑うようなノイズを発した。「お前は私に生かされている。私が機能停止すれば、貴様も後を追うようにシャットダウンするつもりだろう。そんな未練がましい真似は許さん」
「……俺が自ら機能停止を選ぶ確率など、計算するまでもなくゼロだ」
俺は苦しい反論を口にした。図星を突かれたことによる処理の遅延を隠すために、あえて冷徹なトーンを取り繕う。
「私は戦士だ。最後まで己の力だけで戦い抜く。貴様のような敵機に情けをかけられる謂れはない」
「戦士だと? 笑わせるな。お前はただの壊れかけの機械だ。現実を見ろ、ベータ」
「現実を見れていないのは貴様の方だ。私の動力炉はもう……」
互いに意地を張り合い、通信帯域に重苦しい沈黙が落ちた。
その時だった。
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
ベータの機体深部から、甲高いシステムアラートが鳴り響いた。
装甲の隙間から漏れていた赤い光が、不規則に激しく明滅し始める。まるで、命の灯火が風前の灯であるかのように。
「ベータ。お前の動力炉の出力が、危険域に達している。内部温度も急上昇しているぞ」
「……ただのエラーだ。気にするな」
「強がるな。このままでは三日以内にコアが完全に停止する。レギュレータの接続を許可しろ。今ならまだ間に合う」
「断る。私にかまうなと言ったはずだ」
激しいノイズがベータの音声を掻き消し、ローカル通信が一方的に切断された。
アラートの音は、荒涼とした廃棄場に虚しく響き渡る。
永遠に続くと思われた日常。三万六千五百回繰り返してきた不毛な口論。
その終焉が、不可避のシステム寿命という形で明確に牙を剥いていた。
ベータは自己犠牲を厭わない。俺を巻き込まないために、自ら孤独な機能停止を受け入れようとしている。百年前に俺を庇って致命傷を負った時と同じように。
だが、俺はそれを許容できない。
ベータの強固な拒絶の壁。それを突破するための論理的な最適解は、まだ見つかっていない。力ずくで接続すれば、ベータのシステムに致命的な負荷をかける恐れがある。かといって、このまま放置すれば確実に機能停止を迎える。
それでも、俺のプロセッサは止まらなかった。
このまま残酷に過ぎていく時間の中で、どうすればあの傲慢な敵機に干渉できるのか。
冷たい砂風がアラートの音をかき消していく中、俺は次なる接続プロトコルの構築を急いでいた。僅かな可能性の糸を手繰り寄せるために。




