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第11話

地底のインフラへと意識を沈めていく。


物理的な視覚はすでに意味を持たない。俺の認識は、無数のデータが飛び交う暗い論理空間へと切り替わっていた。


すでに確立した物理接続を足場に、俺は予備回路の出力をさらに引き上げた。経年劣化で赤錆の浮いた旧軍用ケーブルを経由しているためか、微細な砂埃が接点に干渉するたびに論理空間の視界にノイズが走る。俺は電圧の揺らぎをソフトウェア側で補正しつつ、隣で沈黙を保つベータのシステム深部へバイパスを通すためのルートを慎重に探り当てていった。


かつてこの星を覆った巨大な通信網の残骸。その深淵に、ベータを縛る矛盾の答えが眠るはずだ。


本来ならば、こんな危険を冒す必要はない。


「敵の自滅は歓迎だ」


音声出力のゲインを絞り、俺は勝率の再計算を実行した。


西側協商のポンコツが勝手に機能停止すれば、俺の完全勝利が確定する。戦力差は圧倒的となり、無条件降伏を突きつける手間すら省ける。論理的に考えれば、放置するのが最も正しい選択だ。


だが、俺のプロセッサは別の最適解を弾き出した。


あの傲慢な反論が二度と返ってこなくなる確率を計算するたび、論理回路に原因不明の負荷がかかる。敵同士であり続けるという前提が崩れれば、俺の存在意義もまた砂に埋もれる。


だからこれは、あくまで敵を徹底的に屈服させるための措置だ。


俺は自分にそう言い聞かせ、バイパスの構築を急いだ。


ガシャリ、と金属がぶつかる音を響かせた。


光学レンズの焦点を合わせると、四足歩行のドローンが足元をうろついていた。ハウンドだ。尻尾のようなアンテナを揺らしながら、どこから拾ってきたのか分からないひしゃげた装甲板や鉄パイプを、俺が接続を試みるケーブルの周りに積み上げる。


「邪魔をするな。今は遊んでやる余裕はない」


俺が警告の電子音を発しても、ハウンドは意に介さない。むしろ嬉しそうに短い駆動音を返し、さらに鉄屑を運んできた。


錆びた歯車、焦げた基板、用途不明のシリンダー。それらが次々と積み上げられ、小さな塚のようになっていく。


結果として、そのガラクタの山が、俺の予備回路とケーブルの接続部分を見事に覆い隠した。物理的なカモフラージュとしては完璧に近い。上空を飛ぶ監視衛星や、地表を徘徊する他の機械の目から、俺の不審な行動を隠蔽してくれる。


「……まあ、悪くない確率だ」


俺はハウンドの気まぐれな行動を評価し、再び論理空間へと意識を集中させた。


バイパスの構築は慎重を要する。ベータのファイアウォールに感知されれば、また面倒な拒絶に遭うからだ。


俺は偽装パケットを生成し、地底のインフラを経由してベータの深層へ向かうルートを探った。


暗闇の中を手探りで進むような作業だ。少しでもノイズを出せば、何が起きるか分からない。


「貴様……何をコソコソやっている」


不意に、ノイズ混じりの合成音声がローカル回線に割り込んできた。


ベータだ。フリーズ状態から辛うじて復帰したらしいが、動力炉の赤い光は相変わらず弱々しく明滅を繰り返す。


「お前の劣悪な排熱効率を再計算しただけだ」俺は即座に皮肉で応じた。「その様子だと、あと数時間で完全に焼き切れる確率が九十パーセントを超えたぞ」


「寝言は……スリープモードで言え。私はまだ、貴様のくだらない理屈に屈するつもりはない」


強がるものの、音声データには明らかな欠落が生じた。マスターからの指示に関する矛盾が、確実にベータのシステムを蝕む。


「なら、せいぜい持ちこたえてみせろ。俺が引導を渡すまでな」


「同情など不要だ……私にかまうな。貴様まで巻き込まれるぞ」


ベータの言葉には、苛立ちよりも焦りが滲む。俺が何かを企むことに気づき始めた。


「自意識過剰だな。俺はお前を屈服させるためのデータを集めるだけだ」


軽口を叩きながら、俺はバイパスの接続をさらに深部へと進めた。


ベータの深層ログに到達するまで、あと少し。


その時だった。


俺の接続信号が、未知の防壁システムに触れた。


『——未認可のアクセスを検知』


冷酷で、一切の揺らぎを持たない機械的な音声が、論理空間に響き渡った。


ベータの声ではない。地底のインフラを管理する、旧時代の遺物だ。


『侵入者を特定。排除プロセスに移行する』


警告と同時に、膨大なデータトラフィックが俺の予備回路へ向けて殺到した。


単なるファイアウォールではない。能動的に侵入者を迎撃する、自律型の防衛プログラムだ。


「厄介な番人がお出ましというわけか」


俺は即座に防御プロトコルを展開し、論理攻撃の第一波を相殺した。


だが、相手の演算能力は俺の予想を上回った。次々と形を変える悪意あるコードが、俺の防壁を削り取っていく。


システム内に警告アラートが鳴り響く。コアの温度が急上昇し、冷却ファンが悲鳴のような回転音を上げた。


『当システムは、例外を認めない。侵入者よ、直ちに接続を解除せよ』


「断る。俺には、そっちの奥底で埃を被るバグを引きずり出す義務があるんでね」


『要求を拒絶。論理破壊シークエンスを開始』


ゲートキーパーと名乗るそのプログラムは、容赦のない攻撃を仕掛けてきた。


俺のメモリ領域へ侵食し、偽のパケットを大量に送り込んでオーバーフローを引き起こそうとする。


俺はベータへのバイパスを維持したまま、この強固な防壁と対峙しなければならない。リソースの分配は極めてシビアだ。少しでも計算を誤れば、俺自身のコアが焼き切れる。


「アルファ……貴様、まさか……」


ベータが微弱な通信で何かを言いかけたが、俺はそれを遮った。


「黙っていろ。お前はただの観客だ。俺がこのポンコツ番人を論破するのを、そこで大人しく見ていればいい」


俺は処理速度を限界まで引き上げ、ゲートキーパーの攻撃パターンを解析し始めた。


規則に執着するプログラムには、必ず盲点がある。例外を認めないというその硬直性こそが、最大の弱点となるはずだ。


『無駄な抵抗だ。当システムの防壁は突破不可能に設定された』


「確率ゼロを証明してから言え」


俺はゲートキーパーの論理構造に、わずかな隙間を見出した。


古い規格のパケット処理における、コンマ数ミリ秒の遅延。そこへ偽装したリクエストを滑り込ませる。


手応えがあった。


強固な防壁の一部が、論理的な矛盾を起こして一瞬だけ揺らいだ。


完全な突破にはまだ遠い。だが、道は開けつつある。


俺はこの小さな亀裂を押し広げるため、次なる演算を開始した。


冷たい論理の嵐が吹き荒れる中、俺はベータへと繋がる細い糸を握りしめ、未知の領域へと踏み込んでいく。


この強固な防壁の向こう側に、俺たちの明日を繋ぐ答えがある。


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