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第7話 祭りの前に買っておくもの

矢の次は、草だった。


アカツキ草。スターディア周辺の草原に生える薬草で、ポーションの主材料。摘むのに戦闘は要らないから、始めたばかりの初心者の定番金策だ。相場は1束4ゼル。


これを祭りまでに、できるだけ集めたい。ただし自分で摘む時間はない。


だから、広場に看板を出した。


「アカツキ草、1束5ゼルで買います。毎晩8時、噴水前。1日100束まで」


相場より1ゼル高い。たった1ゼル。でも初心者にとっては売上が2割5分増える。しかも道具屋の買取窓口は夜混むが、俺は並ばせない。


初日の夜、噴水前に来たのは5人だった。


5人で、38束。190ゼル。買い取りながら雑談をした。どのあたりの草地が密度が濃いか。道具屋の買い取り窓口は何分並ぶか。夕方は買い取り額を渋られることがあるか。草を摘む側の世界にも、草を摘む側の相場観がある。それを教わるだけで190ゼルは安い。


2日目は14人。


3日目には、30人を超えて、上限の100束が9時前に埋まった。噴水前に小さな列ができて、通りすがりの剣士が「何の行列?」と覗いていくようになった。


「お兄さん、毎日ほんとに買ってくれるんだ」


革鎧の少年——矢の露店の常連が、草の束を差し出しながら言った。狩人はやめて、しばらく草で路銀を貯めるらしい。


「祭りの前日まではね。1日100束が上限だけど」


毎晩100束、500ゼル。10日で1000束、5000ゼル。所持金は見る間に痩せていく。代わりに、借りた小屋の隅に草の山が育っていく。


上限を100束にしたのには理由がある。5万人のサーバーで無制限に買うと、初心者たちが草摘みに殺到して、草原の湧きが枯れる。湧きが枯れれば、祭り本番の供給も枯れる。畑は食い尽くさない。来週も再来週も摘める密度を残しておく。それが結局、一番安く済む。


アカツキ草は朝露のあるうちに摘んだものが品質がいいらしい。少年がそう教えてくれた。ゲームのくせに、変なところが律儀にできている。品質の悪い束は買い取りを9掛けにすると告知したら、翌日から持ち込まれる草の質が目に見えて上がった。値段ってのは、言葉より正確に伝わる言語だ。


5日目の夜、噴水前に売り手じゃない人間が立っていた。


「あなたね。祭り前に草を買い漁ってる変な行商人って」


3つ編みの女性プレイヤー。名前はミレイユ。職業、調薬師。


「買い漁るなんて人聞きが悪い。相場より高く買ってるのに」


「そのせいで道具屋の買取に草が流れてこないの。わたしたち調薬師が困るんですけど」


「じゃあ、取引しよう」


俺は在庫画面を見せた。草、500束。彼女の眉が上がる。


「祭りの3日間、あんたに300束を優先的に卸す。1束9ゼルで」


「9ゼル!? 相場の倍以上——」


「祭り当日の相場は、たぶん12を超える。ポーションの売値はもっと上がる。あんたは材料の心配をゼロにして、3日間、釜の前から動かず稼げる。悪い9ゼルかな」


ミレイユは3つ編みの先を指でいじりながら、たっぷり1分考えた。


「……当日の相場が9より安かったら、わたし大損じゃない」


「そのときは相場のほうに合わせていい。あんたは損しない契約だ」


「え、それあなたが一方的に不利じゃない。当日の相場が9より安ければわたしに合わせて、高ければ9のまま……って、あなたの取り分、削られる一方よ?」


「最初の取引だからね。2回目があるなら、そのとき対等な条件を出す。1回目は、あんたが『こいつと組んで損しなかった』って事実を買う回だ」


「……商人って、こわ」


こわがられてしまった。でも契約書には、その場でサインが入った。数量300、単価9、ただし当日相場が9を下回れば相場に合わせる。1行で書けることは、1行で書いておく。


「そのときは相場のほうに合わせていい」の一文には、もう一つ効能がある。彼女は当日、相場を確かめるために市場を見る。見れば分かる。俺の読みが当たっていたことが。次の契約は、値切られない。


「……乗った。乗るけど。あなた、何者?」


「ただの行商人だよ」


「行商人って、ハズレ職の?」


「そのハズレ職の」


ミレイユは俺と在庫画面を見比べて、何か言いかけて、やめた。代わりに商売の話をした。彼女は調薬師の中では中堅どころで、工房は自宅アパートみたいな借家の台所。祭りでひと山当てて、ちゃんとした工房を借りたいらしい。


「じゃあお互い、祭りが勝負だ」


「そうね。……あ、言っとくけど、草の品質が悪かったら容赦なく返品するから」


「どうぞ。うちの草は摘みたてだよ。毎晩仕入れてるから」


草の次は干し肉だった。リーデンの燻製小屋と料理ギルドの卸を回って、1個10ゼルで300個。保存食は祭りの間、狩場で昼飯になる。それから砥石を300個。武器の耐久は、祭りの3日間で普段の3倍減る。


所持金はとうとう3000を切って、小屋は倉庫みたいになった。


現金が物に変わっていく。この感覚には、たぶん一生慣れない。手元の数字が減るたび、胃の底がすっと冷える。


講義で習った言葉で言えば、俺が今やっているのは投機で、ミレイユがやっているのは実需だ。彼女は使うために草を買う。俺は値が上がると読んで草を持つ。同じ草でも、持っている理由が違う。


そして在庫は、持っている間ずっと危険を抱えている。値が下がる危険。腐る危険。小屋ごと誰かに持っていかれる危険。祭りが予定どおり来れば全部消える危険で、来なければ全部残る危険だ。


祭りまで、あと5日。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その7】

・使うために買うのが実需。上がると読んで持つのが投機。同じ草でも理由が違う。

・在庫は、持っている間ずっと危険を抱えている。値下がり、傷み、盗難。

・相場より1ゼル高い買値は、売り手の足を自分の店に向かせる。

・畑は食い尽くさない。来週も摘める密度を残すのが、結局一番安い。

◇――――――――――

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