第6話 大狩猟祭は2週間後
サービス開始から3週間目の夜、運営の定期放送があった。
『——続いて、初の大型イベントのお知らせです』
街の広場の空中に、でかい映像が映る。プレイヤーたちの歓声。俺は露店を畳みながら、片耳で聞いていた。
【第一回・大狩猟祭】
開催:2週間後より3日間
内容:期間中、対象モンスターの討伐部位を集めて限定報酬と交換
映像には金ぴかの武器と、限定の外套が映った。広場が沸く。「全部取るわ」「3日間寝ないわ」と物騒な声が飛び交う。
『討伐部位は期間中のみドロップします。必要数は、報酬ごとに——』
放送は報酬の一覧を延々と流した。武器、外套、称号、家具。視聴者の目は全部そこに吸われている。
俺の頭は、別のことを考えていた。
3日間、サーバー中のプレイヤーが狩りに出る。つまり——消耗品が、燃える。
計算してみる。このサーバーのアクティブはざっと5万人。半分が祭りに参加するとして2万5000人。弓と弩を使うのが1割5分なら3750人。一人が3日で使う矢が、控えめに3束としても、1万1000束。
いまエルムの工房群が1日に作れる矢は、NPCとプレイヤー職人を合わせて、たぶん1200束前後。祭りの3日間で3600。道具屋の在庫と各自の手持ちを足しても、5000束は足りない。
足りないと分かっているものは、値が上がる。上がってから運んだんじゃ遅い。上がる前に、そこに置いておくんだ。
矢。砥石。携行食。それと回復薬。ポーションの材料は、初心者の金策で有名なアカツキ草だ。
今夜の相場を頭に並べる。矢、1束6ゼル。砥石、5ゼル。干し肉、10ゼル。アカツキ草、1束4ゼル。どれもまだ、いつも通りの値段で寝ている。
祭りの日、この値段のままでいるはずがない。
需要が増えると分かっている日が、2週間先に、日付つきで告知されている。こんな分かりやすい歪みは、たぶん最初で最後だ。攻略組は報酬の性能の話しかしていない。誰も、矢の値段の話をしていない。
広場では、レンのクランが早くも作戦会議を開いていた。「討伐部位のレートが」「効率のいい狩場は」「初日の4時間で」——聞こえてくる単語は、全部「稼ぐ側」の言葉だ。彼らの誰も「使う側」の勘定をしていない。3日間で自分が何本の矢を使い、何個の砥石を潰し、何食の飯を食うのか。
使う側の勘定こそ、俺の縄張りだった。
翌日の土曜、俺はユキハを雇ってエルムへ行った。
いつもの矢職人の工房。ロッドという名の、指にたこのある職人プレイヤーだ。
「矢を500束、注文したい」
「ご、500!? 在庫は80しかねえぞ」
「だから注文なんだ。2週間後の祭りの前日までに、500束。代金は全額前払いする。1束6ゼルのままで」
ロッドは腕を組んだ。
「……祭りで矢の値が上がると踏んでるな?」
「ああ」
「なら俺が直接売りゃいい話じゃねえか」
「ロッドは祭りの3日間、工房を空けて売り子をやるのか? 作るのが仕事だろ。売り歩くのは俺の仕事だ。それに前払いなら、あんたは今夜から材料をまとめ買いできる」
しばらく黙って、ロッドは手を出した。
「前払いってとこが気に入った。500束、6ゼルだ」
「契約書は書かせてくれ。数と納期と値段。ギルドの取引書式で」
「信用してねえのか?」
「してる。してるから書く。口約束は、2週間あれば二人とも違う形で覚えてる」
前払いは、こっちの全額が相手の手に渡る取引だ。相手が飛んだら、3000ゼルがそのまま消える。だから前払いを切るときは、3つ確かめる。相手の工房が実在するか。過去の取引履歴があるか。そして、紙に残すか。ロッドの工房はエルムで3番目に古く、ギルドの納品実績が200件以上あった。紙も残した。それでも、ゼロにはならない。ゼロにならない分だけ、値を安くしてもらう。それが前払いの値段だ。
「あと、これは追加の相談だけど。祭りが終わったあとも、週に150束、同じ値で買い続けたい」
「祭りのあとも? 需要が落ちるだろ」
「落ちた分は俺が他の街で捌く。あんたは祭りで弟子を増やして、増えた生産力を遊ばせたくないはずだ」
「……あんた、うちの工房の何なんだよ」
ロッドは笑った。職人が図面を褒められたときの顔だった。
3000ゼル。所持金が音を立てて減った。この時の所持金、約1万。3割を、まだ見ぬ祭りに置いたことになる。
外れたら? と頭の隅の臆病な俺が聞いてくる。外れたら、矢の500束は通常ルートで3、4週間かけて捌く。損はしない。時間を失うだけだ。——この読みの「外れても死なない」形だけは、何度も確かめた。
帰り道、ユキハが言った。
「祭りの2週間前に矢を500束買う人、初めて見た」
「祭りの2週間前が、いちばん安いんだよ」
「……わたし、祭りの装備を祭りの前の日に買うタイプ」
「みんなそうだよ。だから前の日の装備は高い」
「うわ。じゃあ今週買っとく。弓弦、何本要るかな」
「3日間でどれくらい射る?」
「真面目にやるなら、1日400射。弦は200射で1回替えたい」
「なら6本。いまエルムで4ゼル。祭りの前日はたぶん7になってる」
ユキハはその場で弓弦を6本買った。それから、荷袋の矢をもう一度見た。
「ねえ、ひとつ聞いていい? 5万人の1割5分で3750人って、どこから出した数字?」
「公式の職業選択率。狩人が14パーセント。弩を使う剣士を少し足した」
「3日で3束は?」
「あんたが今言った。1日400射は真面目にやる人の数字だ。普通の人は100射で、20本束なら1日1束。3日で3束」
「……わたしの練習量、勝手に目安に使われた」
「おかげで計算に自信が持てた」
「自信を持つところが違う」
そう言いながら、彼女は少し楽しそうだった。30分後、真顔で言った。「あなたの隣を歩いてるだけで節約になるの、ちょっと悔しい」。悔しがることはない。相場の話を聞いてくれる護衛は、こっちとしても貴重なんだ。
「悔しいついでに聞くけど。矢が5000束足りないなら、500束じゃ全然足りなくない?」
「足りない。市場の1割も埋まらない」
「じゃあなんで500?」
「所持金の3割までって決めてるから。読みが当たっても、一人で全部は取れない。取れないほうが健全なんだよ。全部取れる規模の人間がいたら、そいつは値段を作れてしまう」
「……それ、今日の帰り道で一番、商人っぽいこと言った」
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【行商人の帳面 その6】
・需要を予測する材料は、公式の数字と、使う側の実感。掛け算で束の数になる。
・「いつ需要が来るか」が日付で分かっている歪みは、最高の歪み。
・前払いは、相手の実在・取引履歴・契約書の3つで守る。それでも残る危険の分、値を安くしてもらう。
・読みが当たっても一人で全部は取らない。3割まで。
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