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第55話 朝の客が減っている

翌朝から、開店の1時間を帳場の脇に立って数えた。目的は一つ。朝の客の減りを、感じじゃなくて数字にする。


数えて3日。開店からの1時間に敷居をまたぐ客は、冬の盛りの控えでは60人前後だった。いまは、42、44、41。相場表だけ写して帰る人を足しても50に届かない。


減っているのは、朝の側だけだった。昼からのまとめ買いは逆に増えている。


数えながら、減った側の顔ぶれも思い出していった。矢を3束ずつ買っていた革鎧の組。相場表の前で書き取りをしていた双子の弟のほう。名前も知らない顔を、店というのは案外覚えている。


昼過ぎには、朝とは反対の客が来た。


蒼海帰りの装備の男が、値札を見ずに燻製の棚を指して、あるだけ、と言った。金貨で払い、釣りも数えずに出ていく。


同じ棚の前を、朝は銅貨を数えて必要な分だけ買う客が通り、昼は値札を見ずに棚ごと買う客が通る。冬もそうだった。違うのは、朝の客の列が短くなったことだけだ。


夜、売上帳を3冊、帳場に並べた。減り方の中身を割る。


うちの売上帳は1行1会計だ。日付、品、数、受け取った額、それに右端の細い欄——客の名。名を知らない相手は、書き役が特徴で書く。「革鎧・矢3束」の類だ。二度目に来て名を聞けたら、書き足して線でつなぐ。ムギが半年、面倒がらずに続けてきた欄だった。


やったのは、その欄の突き合わせだ。冬の頭の4週分をめくって、右端に初めて出てくる名を紙へ写す。62人いた。その62を手元に置いて、続く2週分をもう一度めくり、同じ名が二度目に出るかを数える。25人が出た。10人に4人だ。


同じ数え方を、直近の4週でやる。初めての名は48人。冬より少し減った程度だ。ところが、二度目に出たのは5人しかいない。10人に1人。


新しい客が2週間あとにもう一度来る割合。紙の肩に、定着率、と書いた。


続けて、名簿の出入りも数えた。二度目以降の付いた名だけを名簿と呼ぶことにする。冬の3か月で、名簿から消えた名——8週まるまる欄に出てこなくなった名が11。入った名が34。差し引き23人ぶん、名簿の人数は増えていた。


直近の4週は、消えた名が5、入った名が5。差し引きゼロだ。


この4週の売上の8割は、冬までに名簿へ入った客が作っている。その客がいつか抜けても、いまは埋める新しい名が入ってこない。減るのは名簿の人数が先で、売上の額はあとから遅れて落ちる。


10人に1人という数字の嫌なところは、店の側の落ち度と結び付かないところだった。値札は朝に書いて夕方まで動かしていない。棚も欠かしていない。ムギの相場表も毎朝出ている。うちが何ひとつ間違えずに、それでも落ちている。


板でも、同じ向きを確かめた。初心者の質問スレは、冬は3日で1枚流れていた。いまは1週間かかっている。新しい問いを書く人が減れば、板は静かになる。祭りの話題の隣で、入り口のスレだけが静かだ。


翌日の昼、相場表の書き役のムギに聞いた。


「朝の顔ぶれ、減ってるだろう。相場表を書いてる側からは、どう見える」


「減ってます。表を写しに来る新しい顔が、続かないんです」ムギは筆を置いた。「薬草を摘んで売る組も、減りました。始めた人が、道具と宿の払いで折れて、辞めていきます」


「あんたは折れなかったな」


「わたしは、数えるのが好きなので。……でも、数えるより先に財布が尽きたら、好きも嫌いもないです」


それからムギは、少しだけ間を置いて続けた。


「表の写しを教えてほしい、と言われることも減りました。教えた人が、次の週にはもういない。それが続くと……少し、へこみます」


「売上帳の右端、あんたが名前を書き足す欄だ。線をつなげなかった名前は、覚えてるか」


「……覚えてます。ぜんぶ」


数えるより先に財布が尽きる。新しい客の減り方の説明として、これ以上のものを俺は持っていない。始めたての稼ぎは細く、値札は太い。その差が、冬の間にひと回り開いた。


夕方、便の護衛の引き継ぎでユキハが来た。矢筒を検めながら、いつも通りの声で言う。


「現実の弓、春の大会が来週から。こっちの護衛の枠、大会の間だけ細くさせて」


「構わない。枠はコウと組み直す。……調子はどうなんだ」


「ん。悪くない」


冬の配当の日、この人は言った。的までの距離は値上がりしないから、気は楽、と。


「そっちの射場は、景気はどうだ」


「新しい顔が、続かない。矢が高いって、貸し弓の子が言ってた」


射場でも、店でも、裾から人が引いていく。


「大会、当ててこい」


「当てるのは的だけでいい。そういう大会にする」


矢筒の検めを終えて、ユキハは思い出したように付け足した。


「そういえば、朝の店、静かになった? 護衛の待ちで座ってると、前より声が少ない」


「気づいてたか」


「音は商売道具だから」


夜、締めはいつも通り、実入り1万9000から支度の払い4000を引いて、積み1万5000。


それから、数の行を並べた。朝の客、60が42。定着、10人に4人が10人に1人。名簿の出入り、差し引き23がゼロ。


売上帳と、相場表と、板。三つとも同じ向きを指している。うちの店の工夫で戻る向きじゃない。


この世界ぜんぶを一軒の店として見たら、帳場に座っている誰かは、いまの名簿の欄を見て、何を思うか。


そこまで書いて、筆を置いた。続きは、頭の冷えている朝の仕事だ。


値札板。塩16、串焼き2本で13、宿代71。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その55】

・定着率。新しい客が2週間あとにもう一度来る割合。売上帳の名の欄を、初めて出た名と二度目とで突き合わせて数える。

・朝の客60が42。定着は10人に4人が、10人に1人。名簿の出入りは、差し引き23からゼロ。

・売上の額が伸びていても、客の数は別に数える。今日の売上より先に、店の明日がこの数字に出る。

・【資産】現金56万5000、棚8万、山18万、店舗権49万。合計131万5000。受付まで8週。

◇――――――――――

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