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第42話 山が金に化ける日

塩は、3つに分けて売ると決めていた。


最初の3分の1は、値が10のうちに。次の3分の1は、もう一段上で。残りは蔵に置いて、読みの続きに働かせる。山を一度に崩せば、自分の売りで自分の値札を押し下げる。売り急ぎは、買い急ぎと同じくらい高くつく。


売り先は、コウと二人で紙に並べてから回った。屋台の衆に3000、リーデンの飯屋筋に3000、アルテガの卸に4000。行き先を散らすのは、買い叩かれないためでもあり、値札を暴れさせないためでもある。


「うちが一気に出したら、どうなるんですか」


「塩が10から9に戻る。で、うちの残りの袋も一緒に痩せる。売り手ってのは、自分の商品の値段の共犯者なんだ」


「共犯者……書いておきます」


「物騒なメモを取るな」


その週、都合1万袋を10で捌いた。売上10万。蔵の塩は8000袋になった。


「秋に、これを8で積んだんですよね」蔵の帳面を付けながら、コウが言った。「……笑ってた人たち、今どんな顔してるんでしょうね」


「顔は忘れていい。覚えておくのは、なんで笑ったか、のほうだ」


「なんで、笑ったんでしょう」


「値札には今日の値段しか書いてないからだ。明日の値段はどこにも貼ってない。貼ってないものは、無いことにされる。俺も塩の外では同じ間違いをする。笑いは、そのときの分まで取っておけ」


コウは、なんで笑ったか、と手帳に書いて、その下に何か長く書き足していた。番頭の手帳は覗かない約束なので、覗かなかった。


鉄が動いたのは、塩より1週遅れだった。


蒼海の魔物は硬いらしい。武器が欠ける、鎧が凹むと蒼海帰りが騒いで、鍛冶の注文が積み上がった。バルガの相場の鉄は、25から30に上がった。


テツジンが、炉の前で言った。


「相場の鉄が上がったな。あんたの仕入れも上がってるはずだ。うちへの納めで、儲けが消えてないか」


「消えてない。うちの蔵の鉄は、秋の値のままだ」


「……秋に、そのために積んだのか」


「そのために積んだ。式の見直しはまだ先だ。それまでは30のまま納める」


テツジンは、ふ、と息だけで笑った。この人の笑いを見たのは、たぶんこれで2度目だ。


連盟の他の工房にも、式の通りの値で納めて回った。どこの炉も、火は落ちていない。


「他所じゃ、鉄が来ねえって騒ぎになってるらしいっすよ」と、若い鍛冶が言った。「うちだけ普通なの、なんか悪いみてえだ」


「悪くない。普通ってのは、仕込んだ奴のところにしか届かない品なんだ」


ミレイユの工房にも寄った。ポーションの売値が上がり始めて、薬草と瓶の物差しも動き出している。


「式、動かすわ。うちの納め値、今週から少し上がる。……先に式にしておいて正解だったわね。今この話を一からやったら、値上げの喧嘩に聞こえるもの」


「だろうな」


「あなたの読みが当たったことは、癪だから褒めない。式のことだけ褒める」


検算役の褒め方は、いつも技術にだけ向く。それでいい。


便と店も、忙しさが一段変わった。


蒼海行きの荷が湧いて、便は臨時を2本増やした。棚では蒼海支度の品が回り続ける。この週の便と店の実入りは、締めて1万。秋の8000から、ひと回り膨れた。


ガロの班には臨時便の手当を出した。忙しさは金で買い取るのが筋だ。それでも、実入りの増えのほうがまだ大きい。


物価が上がるとき、物を動かす商いは、実入りも一緒に膨れる。売値も運び賃も利幅も、同じ風で膨れるからだ。財布ごと痩せていくのは、金を寝かせている奴だけ——つまり、先週までの俺みたいな持ち方をしている奴だけだ。


競売所の前の噂話は、風向きが変わっていた。


「あの塩、全部読みだったらしいぞ」


「まさか。負けた腹いせだって、お前が言ったんだろ」


「……言ったけどさ」


振り返らないのは、秋と同じだ。読みは説明した瞬間から安くなるが、当たった読みは、もう説明も要らない。壁の数字が、俺の代わりに全部しゃべっている。


店の壁の前には、知らない顔が増えた。壁を写して帰る奴、壁と棚を見比べる奴、コウに質問する奴。


「秋に塩を買った理由、聞かれます。なんて答えれば」


「値札には明日の値段が書いてないから、自分で書いた——でいい。嘘じゃない」


「……かっこつけすぎでは」


「じゃあ、当たっただけです、で」


「それはそれで感じ悪いですよ」


番頭の言葉選びは、俺より客に近い。答え方はコウに任せた。


夜、帳面の名目の行が、初めて90万を越えた。数字は跳ねたが、浮かれる前に隣の行を見る。値札も一緒に上がっている。財布が偉くなったのか、金が安くなったのか、その検算はまだ先だ。今夜のところは、山の分だけ前へ出た、とだけ書いておく。


それでも、と思う。秋に30万で積んだ山は、売った分と残りの評価を足して、今夜40万を超えた。笑われた5週間の値段だ。溜めの長い読みほど、回収の音は静かで、大きい。


値札板。塩10、パン3、串焼き4ゼル半。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その42】

・山は3つに分けて売る。自分の売りで自分の値を潰さないため。読みがまだ先へ伸びるなら、残りの山に働かせるため。

・塩1万袋を10で売却。鉄は相場が25→30。秋の仕入れ25が、納めの約束をそのまま守った。

・便と店の実入り1万、秋の8000から一段上。物価が上がるとき、フローの商いは実入りも一緒に上がる。痩せるのは寝かせた金だけ。

・【資産】現金19万8000、塩8000袋(8万)、鉄7200本(今の相場で21万6000)、棚4万6000、店舗権38万。名目92万。

◇――――――――――

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