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第40話 読みが外れたら、ただの山

実装日は、10日前に告知された。文面はやっぱり素っ気なかった。冬の最初の週。渡航はリーデン港からの公式の渡し船。それだけだ。


そこからの10日は、支度で溶けた。


便は実装の週に臨時を出せるよう、馬と御者の頭数を先に押さえた。棚の品は倍に積み増し、壁の品目には蒼海支度の6品を足した。ガロの班は積み替えの段取りを3回さらった。


ミレイユの工房は薬を、テツジンの炉は砥ぎ直しの札を、それぞれ増やして仕込んだと聞いた。祭りの前にやることは、いつも同じだ。入り用の前に、荷を置いておく。


告知の日、俺は最後の買いを入れた。塩を5000袋、4万。蔵の塩はこれで2万袋になった。


手元の現金は6万。秋に決めた回し金の底より下だが、割ったんじゃなくて、計算し直した。底の14万6000は、店が開く前の数字だ。


いまは棚が毎日回って、現金が戻る。だから今の底は、月の払いの1か月半で6万。底までは使う。底は、割らない。


最後の5000袋を積み出す日、塩屋のおやじが荷台の縁を叩いた。


「兄ちゃん。うちの蔵まで空にして、外れたらどうすんだ」


「冬の間、塩売りになる。あんたから仕入れて、いつも通りに」


「……変な兄ちゃんだが、塩を粗末にする奴じゃねえのは、この半年で知ってる。持ってけ」


値札の読みは分かれても、荷の扱いの信用は別の帳面に付いている。別の帳面のほうが、たぶん長持ちする。


夕方、壁の前で足を止める顔ぶれを眺めた。壁の数字は、10日前から一つも動いていない。


動かない数字を毎朝書き写すコウは、白紙の答案を配ってる気分です、と言った。動かない値札を退屈と読むか、前触れと読むか。読み方の分かれ目に、俺の30万が積んである。


前夜、蔵の戸を開けて、コウと数を合わせた。


塩2万袋。鉄材7200本。棚の品がひと揃い。帳面の上では38万6000。蔵の中では、ただの山だ。


「……壮観ですね」


「読みが外れたら、ただの在庫の山だけどな」


コウは手帳を開いた。数字で不安を潰しに行くのは俺の癖で、いつの間にか、こいつの癖でもある。


「外れた場合を、もう一度言ってもらえますか」


「塩が8のまま動かない場合。うちの便と店で、冬の間に売り切る。1袋も損はしない。損になるのは、運び賃と蔵代と、この30万で他の商いができたはずの3か月分。全部足しても3万というところだ」


「値が下がる場合は」


「蒼海に塩田か鉄山が湧いていた場合だな。これは調べようがない。だから引き際だけ先に決めてある。実装から10日で塩が8を割ったら、読みは捨てる。袋は元値で捌いて、損は運び賃で止める」


「……はい。じゃあ、どっちに転んでも、うちは潰れない」


「潰れない。当たらなければ、儲からないだけだ」


「当たった場合も、聞いていいですか」


「塩が10を越えたら、山を3つに割って売る。売り方は決めてある。……外れの段取りと当たりの段取り、両方紙にしておけ。当日の俺が、一番信用できない」


「自分を、ですか」


「値札が動いてる最中の人間は、強気にも弱気にも振れすぎる。だから段取りは、動く前の今夜のうちに書く」


コウは2枚の紙に、外れ、当たり、と見出しを書いた。


言葉にすると、それだけの話だ。それだけの話のはずなのに、蔵の錠は2回確かめた。


外に出ると、ユキハが弓の弦を替えていた。


「明日から荷が動くんでしょう。護衛の頭数、増やしておいた」


「助かる」


「ねえ。外れたら、どうするの」


「冬の間、塩売りになる」


「……それ、今と何が違うの」


「何も違わない。だから張れた」


ユキハは3秒黙って、それから短く笑った。


「なにそれ」


「そっちはどうなんだ。現実の弓」


「来月、大会。だから今週はこっちで稼いで、来週は減らす」


「分かった。配車はガロに言っておく」


「ん」


この人の現実の話は、いつも三言で終わる。三言ぶんは聞けるようになった、とも言える。


外れても、俺は元の商売に戻るだけだ。張ったのは金というより、値札の動く順番のほうだ。——と、口では言える。言えるのに、錠を確かめた手の話は、しないでおいた。


現実では、週の半ばにゼミの中間報告があった。発表しながら、頭の隅で塩の袋を数えている自分がいて、われながらどうかと思う。教授の質問には、たぶん答えられていた。


夜、レンから伝言が届いていた。明日は朝一の船に乗る、唐揚げをまた賭けよう、と。賭けの中身は書いていない。あいつの賭けは、いつも俺が忙しくなるほうに張られている。


値札は、まだどこも動いていない。塩8、パン2ゼル半、串焼き4。俺を笑った奴らが正しい世界のまま、今夜が終わる。


寝る前に、帳面を秋のページまで戻って、あの夜の行を読み返した。金の量では一生届かない。なら、金の量が物を言わない場所で勝負する——書いたときは、まだ答えじゃなかった。明日からの値札が、答案用紙だ。


明日から、どっちの世界なのかが決まる。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その40】

・張る前に、外れたときの損の上限を決める。上限が手間賃と回り損の3万で止まるなら、これは張っていい張りだ。

・引き際は先に書く。実装から10日で塩が8を割ったら、読みを捨てて袋を捌く。決めてから寝る。

・回し金の底は状況で計算し直す。店が回る今の底は6万。底までは使い、底は割らない。

・週の実入り9000→9500。

・【資産】現金6万、実物38万6000(塩2万袋16万・鉄18万・棚4万6000)、店舗権38万。明日、答え合わせが始まる。

◇――――――――――

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