第29話 硫黄石は1個30ゼル
種は、昼の学食から来た。
「聞けよソーマ。うち、炎骨山の攻略始まったんだけどさ」
レンがカツカレーをかき込みながら言った。〈暁〉は2番手クランの筆頭で、〈鉄花〉と次の大型ダンジョンの一番乗りを争っている。攻略の進み具合は掲示板の名物になっていて、どっちが先に最深部へ着くか、賭けまで立っているらしい。
「火の洞窟でな、耐火薬ってのをがぶ飲みしながら進むんだよ。で、その材料の黄色い石が品薄で、調薬班がキレてる。どこかで安く手に入らねえの」
「石の名前は」
「硫黄石とかいったかな。臭いやつ」
「攻略、あとどれくらいかかりそうなんだ」
「最深部までまだ層が残ってるってさ。〈鉄花〉と抜きつ抜かれつで、当分は毎晩潜る流れだな」
「そうか。頑張れ」
「他人事みたいに言うなよ。……いや、お前には他人事か」
他人事じゃない。需要が「当分」続くという、大事な証言だった。本人は唐揚げを追加しながら、自分が何を教えてくれたのか気づいていない。矢の売り切れ時刻を教えてくれた、あの革鎧の少年と同じ顔だ。
硫黄石。その名前は、うちの船便の荷札で見たことがあった。島の廃坑で鉄を掘ると、邪魔なくらい出てくる黄色い石。売り先がないから坑道の脇に積んで捨ててあると、島のまとめ役がこぼしていた。
片方に、捨てられている石がある。もう片方に、その石が品薄だと怒っている連中がいる。間をつなげば商いになる。——なりそうに見える。見えた時こそ、数字を全部確かめてからだ。
まずミレイユに、耐火薬の作り方を確かめた。
「硫黄石? 使うよ。うちのレシピだと、けっこう食べる子」
答えを数字にすると、1本作るのに硫黄石が2個要る。
需要を数える。〈暁〉の攻略隊はおよそ60人、1晩に1人3本は飲む。毎晩潜るなら、それだけで週1260本。石にして2520個、切り上げてクランあたり2600個。〈鉄花〉も同じ規模だから、両方で週5000個を超える。攻略には何週もかかるから、この需要はしばらく消えない。
供給を数える。市場に出る硫黄石の大半は、バルガの北にある露天の採掘場から来ている。競売所の入荷記録を3週分さかのぼると、日に出るのはせいぜい500個。週5000個を超えて欲しがる買い手に対して、週3500個の供給だ。今でも大きく足りていない。
土曜、バルガの北まで実際に歩いて、露天場をこの目で見た。掘り場は谷あいの吹きさらしで、屋根ひとつない。雨具で掘れる現場でないことは、素人目にも分かる。人足に聞くと、雨の日は宿で博打をして過ごすらしい。
板の数字だけで済ませず、売り物の生まれる場所を見ておく。そうすると、数字の裏の事情ごと読めるようになる。
そして今は秋だ。塩屋のおやじに昔教わった。雨は、入荷を止める。露天の現場は、長雨が来ればまるごと止まる。
需要は週5000個超で待ったなし。供給は日に500個で、天気ひとつで細る。今の値段は1個30ゼル。この形なら、値は上に動く。
ここからが本番だ。読みができた時こそ、勘定を先に済ませる。決めるのは三つ。根拠、引き際、量。
根拠は書いた。次に引き際。読みが外れて値が下がったら、1個24ゼルで全部売って降りる。24なら、ミレイユの工房と市場の実需で確実に捌ける値だ。
最後に量。24で降りた場合の損は1個6ゼル。負けていい上限は資産の5分、3万5250と決めているから、6で割って5875個まで。島に積んである石は4000個。全部買っても上限の内側だ。仕入れは30ゼルで4000個、12万。手元には58万5000残る。運転資金の下限に決めている40万を大きく超えているから、外れても商いは止まらない。
三つの数字を帳面に書き終えてから、島へ渡った。書く前に買った1個は、全部どんぶり勘定だ。商人がやることじゃない。
まとめ役は、捨て石の山に値がつくと聞いて、しばらく黙った。
「……あんた、正気か。こいつは臭いだけの石だぞ」
「臭くても数は数だ。4000個、1個30で買う。保管はこのまま廃坑の倉庫で頼む。動かすのは売る時でいい」
「置き賃も出すってのか。変わった買い手だ」
「運んでから値が動くより、置いたまま売り時を選べるほうが安い。それだけだよ」
坑道の脇の山も検分した。たしかに臭い。目の奥に染みる類の臭さだ。それでも《査定》を通すと、基準価格はちゃんと30と出る。市場は臭いで値段をつけない。使い道で値段をつける。
帰りの渡し船で、ユキハが荷札を覗き込んだ。
「外れたら?」
「24で全部売る。損は2万4000。先に決めてある」
「決めてから買ったんだ」
「決める前に買うのは、張るとは言わない。ただの買い物だ」
「ふうん。……当たったら?」
「そっちも決めてある。売り方ごとね」
宿に戻って、帳面に三つの数字を清書した。根拠、需要が週5000個超に供給が週3500個。引き際、24。量、4000個で12万。それから売り方も書き足す。値が45を超えたら半分を直接取引、残りは板で小分けに。
買う前に決めることを、全部決めた。ここから先は、俺の仕事じゃなくて天気の仕事だ。
資産70万5000。中身は、硫黄石の在庫が仕入値で12万、残りが58万5000。入札まで7週。あとは、秋の空を待つ。
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【行商人の帳面 その29】
・読みに金を載せる前に、三つ決める。上がる根拠、引き際の値段、張る量。
・量は「負けていい額」から逆算する。欲しい儲けから逆算した量は、ただの願望。
・三つを帳面に書く前に買った1個は、全部どんぶり勘定。
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