第28話 木曜の馬車は遊んでいる
帳簿の棚卸しは、朝の厩から始めた。
うちの定期便は火曜と金曜の週2便。だが馬車の借り賃と馬2頭の飼い葉と厩の代金は、週7日分払っている。合わせて週900。走るのは2日で、残りの5日、馬車は厩で草を食っているだけだ。
厩の柵にもたれて、しばらくその馬車を眺めた。俺は昔、空の荷台を罪だと書いた。空で停まっている馬車は、もっと罪だ。しかも週5日ぶん。
厩番に聞くと、馬は走らない日も同じだけ食うらしい。当たり前の話なのに、なぜか少し腹が立った。食った分は、働いてもらう。
ただし、思いつきで便は増やさない。先に、荷があるかを確かめる。便を増やして荷が無ければ、罪がひとつ増えるだけだ。
金曜便の荷札の控えを8週分めくった。積み残しが平均で30枠。満枠で断った客の名前が、毎週必ずある。それから受付の帳面に、生産職の書き込みが3件残っていた。「水曜に出せる便はないのか」。
思い当たる顔もあった。ミレイユの薬は週の半ばに仕上がる。エルムの矢の工房は水曜が納めの日だ。作る側の暦と、うちの便の暦が、ずれている。
荷主の側に立って考えれば当たり前だった。火曜の便に出しそびれた荷物は、金曜まで3日も棚で寝る。週末の市に出す品なら、金曜便では間に合わないこともある。その3日を1日に縮める便があれば、そこに客はつく。荷は、ある。
数字にする。木曜便を1本足すと、枠代の収入がだいたい800。ついでにうちの塩と砥石を積めば、その利が2900。増える費用は、護衛代と馬の追加の飼い葉で1200。差し引き、1便あたり2500の見込み。月に直せば1万だ。
月1万。派手じゃない。だが元手はゼロで、使うのは「もう払っている経費」だけときている。仕入れも要らず、失敗しても損は初便の護衛代くらい。こういう儲けが、いちばん筋がいい。
護衛の手配でひとつ引っかかった。ユキハの都合だ。
「木曜は駄目。現実の練習日だから」
「練習?」
「弓道。道場が木曜と日曜なの。こっちの弓が当たるのは、あっちの練習のおかげでもあるんだよ」
なるほど、うちの定期便の安全は、現実の道場の月謝で支えられていたらしい。妙な気分だが、悪い気分じゃない。木曜便の護衛は、ガロのクランの若手を面接して2人、交代で入れることにした。払いは相場どおり、遅刻は減額。ガロが横から「それでいい。それがいいんだ」と、前にも聞いた台詞で請け合った。
面接では、ひとつだけ条件を足した。護衛の仕事は狼を倒すことじゃなく、便を時間割どおりに着かせることだと呑んでもらう。うちの商売の看板は、強さじゃなくて定時だ。
告知を1週間出して、木曜便の初便を走らせた。
夜明けの発着場に、荷主が列を作った。若手護衛の2人は、初仕事で表情が硬い。出発前の仕事をひとつだけ決めてやらせた。荷札と積み荷の突き合わせだ。うちの便では、強い護衛より、間違えない発車のほうが偉い。
枠は80のうち64が埋まった。初回でこれなら、読みより早い。荷主の顔ぶれは金曜便と少し違って、生産職が目立つ。作る側の暦に便を合わせた効果が、初日から顔ぶれに出ている。
降ろし場では、革細工の生産職が荷を受け取りながら言った。
「助かった。金曜便だと、週末の市に間に合わなかったんだ。来週からは、木曜がある前提で仕事の段取りを組み替えるよ」
断っていた30枠が、そのまま引っ越してきて、さらに客の段取りまで変え始めている。便は、走らせた日から市場の暦の一部になる。
初便の勘定。枠代640、積んだ塩と砥石の利が2860、費用1200。差し引き2300。2便目からは枠がもう少し埋まる読みだから、見込みの2500に乗る。
帰りの御者台で、ガロが言った。
「なあ、大将。馬車も馬も前からいたのに、なんで今まで木曜が空いてたんだ」
「俺が火曜と金曜って形に慣れてたからだよ。慣れは、帳簿の外にいるから見つけにくい」
「慣れねえ。……うちの現場にもありそうだな、そういうの」
たぶん、どこの帳簿にもある。週7日分の金を払って、週2日しか使っていない何かが。今回のは、たまたま馬車の形をしていただけだ。
金曜の御者台で、ユキハにも初便の顛末を報告した。
「若手の2人、どうだった」
「発車は間違えなかった。狼が1回湧いて、倒すのに2人がかりで少しかかった」
「わたしなら、湧いた音の方を向いた時にはもう射ってる」
「知ってる。でも木曜のあんたは、現実の道場で弓を引いてる。こっちの2人で回るなら、それでいい」
本人がいない曜日の穴は、本人の代わりを探して埋めるんじゃなく、仕組みで埋める。護衛2人と、間違えない発車の手順。それで便は走る。
週が明けて、勘定を締めた。
契約網と販売所の純利が5780。木曜便の初週が2500。合わせて8280。
資産、70万5000ゼル。入札まで8週。目標まで、あと29万5000。
まだ遠い。月1万を足しても、8週で届く数字じゃない。それでも今週から、うちの馬車は週3日働く。同じ馬、同じ馬車、同じ厩代でだ。
遊んでいる物は、これで馬車のぶんは片づいた。次は、歪みのほうを待つ。待つ間も、値札は毎日見て回る。歪みってのは、探している人間の前にしか現れない。
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【行商人の帳面 その28】
・道具は、使っている時間しか稼がない。経費は使っていない時間にも出ていく。
・週7日分払っている物を週2日しか使っていないなら、増やすのは道具じゃなくて稼働の日数。
・遊んでいる資産は、たいてい「慣れ」の中に隠れている。帳簿を慣れの外から読み直す。
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