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第27話 三つの申し出

秋の入札まで、9週。


祭りのあと、アルカからフレンド申請が一通届いた。添えてあった文は短い。『秋のアルテガの入札、わたしも出るから。資金は、もう足りてる』。


承認を押した夜から、あの一行を何度か読み返している。読み返すたびに結論は同じだ。人の懐を覗く方法はない。俺にできるのは、自分の懐を数えることだけ。


手元の資産は69万6720ゼル。目標の100万まで、30万と少し足りない。うちの取引網が稼ぐのは週8000前後だから、9週まっすぐ積んでも7万2000。差し引き23万ほど、どうやっても届かない計算になる。


アルテガの商業ギルドから、入札の要項も取り寄せた。封印入札、札は1枚きり、開札は秋の月末。読み込むのはこれからだが、期限だけは動かない。9週。


その数字を眺めていた週に、金の話が三つ、向こうから歩いてきた。


最初はテツジンだった。火曜の納品でバルガの鍛冶場に寄ると、親方は槌を置いて、前置きなしに言った。


「足りない分、連盟から貸すぞ。利子は取るが、市場の金貸しよりずっと安くしてやる」


提示は30万、利子は月1分。9週なら7000弱で済む。市場の金貸しは月5分から取るから、破格もいいところだ。祭りで連盟が稼いだのは知っている。遊んでいる金を、俺の店で働かせようという話でもある。筋は通っていた。


「ありがたい。でも、借りない」


「即答かよ。理由くらい言え」


「入札は負けることがある。俺の金が負けるのは俺の勘定で済むけど、借りた30万ごと負けたら、俺の負けがあんたら連盟の負けになる。それともうひとつ、店を持ったあとの話だ。返済が帳簿の一番上に座ると、商いの決め事がぜんぶ返済の都合をうかがうようになる。うちの取り柄は決めの速さだから、それは利子の何倍も高くつく」


「負ける前提で断る奴があるか」


「負ける前提を捨てた買い付けの帳簿がどうなるかは、あんたもこの夏、隣で見ただろ」


テツジンは鼻を鳴らして、槌を取り直した。


「言うと思ったよ。気が変わったら言え。鉄は今週もいつもの数でいいな」


「頼む」


断っても、鉄の話は1秒で戻る。長い付き合いというのはこういうものだ。


二人目はミレイユ。金曜の便に乗り込んできて、紙を1枚差し出した。出資の名簿だった。


「わたしと、ガロさんと、島のみなさん。声をかけたら、みんな乗るって。お金を出した分だけお店の利益を分ける形なら、足りない分は集まると思う」


名簿の顔ぶれを足すと、たしかに30万に届く。いい名簿だった。祭りの分配を前倒しで受け取ったばかりの連中が、その金をそのまま俺に向けようとしている。だから、丁寧に断った。


「気持ちはもらう。金はもらわない」


「理由は?」


「店は入札で買う。買えないかもしれない物に、みんなの金は積めない。それに、配当を払う相手ができると、値決めのたびに出資者の顔が挟まる。あんたたちとは金の約束じゃなくて、取引の約束でつながっていたいんだ」


「……ん。じゃあ、代わりの約束。お店ができたら、うちの薬の棚は一番いい場所ね」


「棚代は取るよ」


「取っていいから、一番いい場所」


名簿は畳まれて、それで終わりだった。断り方そのものより、断ったあとに何が残るかのほうが大事だ。うちの契約は、今日も1本も切れていない。


三人目は初対面だった。アルテガの雑貨卸、バルドという恰幅のいい男が、わざわざスターディアの販売所まで来た。


「あんたが店を出すって噂を聞いてね。開店したら、塩と砥石を大口で仕入れたい。ついては仕入れ代の一部を前払いさせてくれ。開店の資金に使っていい」


申し出は半年分の仕入れの前受けで、額は15万。悪い顔ではなかった。悪い顔でないから、なおさら受けられない。


「悪いが、それも受けない」


「前払いは商いの誠意だぞ」


「誠意だから受けないんだ。店はまだ無い。無い店の代金を先に預かって入札に負けたら、俺はあんたの15万を返すためだけの商売をすることになる。それに、先に金をもらった客には、あとで値段の話がしにくくなる。あんたには一番いい客でいてほしい。一番いい客ってのは、こっちが遠慮なく満額を請求できる客のことだから」


バルドは腹を揺らして笑った。


「変な行商人だ。よし、なら約束だけしよう。開店の日、一番に買いに行く」


「一番の客には、開店の値引きくらいする」


金曜の便で、ユキハが御者台の隣に座った。


「三つとも断ったって、ガロさんから聞いた。もったいないことするね」


「もったいないのは分かってる。30万が向こうから歩いてきたんだから」


「でも断った」


「借りた金で買った店と、自分の金で買った店は、同じ店でも別の商売なんだ。俺がやりたいのは後のほうでね」


「ふうん。……負けても言い訳できないやつだ」


そのとおり。言い訳の余地を先に捨てておくのが、一番安く済む覚悟の買い方だと思う。


夜、帳面に三つの断りを並べて書いた。借りれば利子。分ければ取り分。預かれば、値段の自由。三つとも、払えない値段じゃない。ただ、計算したら三つとも、今回の店には高かった。


問題はそのまま残る。足りない23万。借りずに、分けずに、預からずに作る。


道はふたつ見えている。ひとつ、遊ばせている物を探して働かせる。ふたつ、値段の歪みが来たら、決めた型のとおりに金を載せる。


明日は、うちの帳簿の棚卸しからだ。


資産、69万6720ゼル。入札まで、9週。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その27】

・他人の金には必ず値段がつく。借りれば利子、分ければ取り分、預かれば値段の自由。

・払えるかどうかの前に、いくら払うのかを計算する。計算して高ければ、断る。

・断るのも取引のうち。いい断り方は、契約を1本も切らない。

◇――――――――――

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