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第26話 足りない30万ゼルの集め方

【大商隊祭】は、3日間、晴れだった。ゲーム内の天気も、運営が晴れにしたらしい。


100頭の荷獣を連ねたNPCの大商隊が、リーデンの港を出発する。俺の定期便が3か月走った道を、そのまま東へ。沿道には出店がひしめき、護衛クエストを受けたプレイヤーの列が商隊を囲む。


スターディアの中継点では、テツジンの連盟が鍛冶の実演販売をやっていた。ミレイユの薬屋には行列。離島の渡し船は臨時の3便体制。定価販売所は3店とも、棚が半日で入れ替わる回転だった。


うちの定期便は臨時増発で1日6便。御者台のユキハは3日間で通算30時間乗りっぱなしで、ガロの荷役班は8人に増えた。増えた6人のうち二人は、元ヴァンガードの買い子だった。カイエンの口利きだ。買い付けに使っていた人繰りの帳面が、今は荷繰りの帳面になっている。人も金も、行き先を変えるだけで別のものになる。


「なあ、大将」と荷台の上からガロが呼んだ。大将はやめてくれと3回言ったが、直らない。「この祭り、終わったら護衛の定期契約って空くのか? うちのクランの若いのが、入りたがってる」


「面接する。払いは相場どおり、遅刻は減額」


「それでいい。それがいいんだ」


初日の朝、出発式でリーデンの港に集まった人出は、大狩猟祭の比じゃなかった。護衛クエストの受付には剣士の列。出店区画には屋台の列。あの祭りで「商機を見逃した」と嘆いていた料理職たちが、今回は先頭で鉄板を並べている。学ぶ奴は学ぶ。市場はそうやって、少しずつ賢くなっていく。俺の一人勝ちの余地も、そのぶん少しずつ狭くなる。いいことだ。たぶん。


公式生放送が、商隊の空撮を流しながら言った。


『この巡回路、実は運営が引いた道ではありません。一人のプレイヤーが商いのために作り上げた実在の流通路を、今回そのまま採用しています』


放送のコメント欄が、見たことのない速度で流れた。


《定期便さんだ》《やっぱり実在したんだ》《祭りの相場師→定期便さん→定価販売所→公式採用、役満で草》《ワールドの経済、半分あの人が回してるだろ》


半分は言い過ぎだ。5万人のサーバーで、うちの網が触っている金は、たぶん全体の1分にもならない。でも、否定しに行く暇はなかった。3日間、俺は網の結び目を走り回っていた。


祭りの2日目の夜、中継点の焚き火のそばで、ユキハがぽつりと言った。


「ねえ。最初の護衛のとき、覚えてる? 矢を120束」


「覚えてる。時給50ゼルで雇った」


「あのときの荷物、背負い袋ひとつだったのに」


彼女は隊列を指さした。馬車6台。船便。3つの販売所。10数件の契約工房。NPCの大商隊が、そのぜんぶの上を走っている。


「……大きくなったなって。他人事みたいに言うけど、わたし、ほぼ全部の便に乗ってたんだよね。全部見てたのに、いつ大きくなったのか分かんない」


「毎週火曜と金曜だよ」


「?」


「いつ、の答え。派手な日は1日もない。火曜と金曜が30回あっただけだ」


ユキハはしばらく焚き火を見ていた。それから、いつもの短さで言った。


「弓と同じだ」


「弓?」


「大会で当たる1本は、練習の1万本のどれかと同じ1本。特別な1本なんて、ない」


火の粉が夜空に上がって消えた。特別な1本はない。特別な火曜もない。それでも積み上がったものだけが、今夜、NPCの大商隊を乗せて走っている。


「秋の入札、届きそう?」


「届かない」


即答した。ユキハが、少し驚いた顔をした。


「……計算し直したんじゃなかったの。間に合う前提で」


「し直した。し直したから、届かないって分かった。3日の祭りで30万は乗る。でも100万には30万足りない。秋まであと2か月で、網が稼ぐのは1か月4万。8万。どう積んでも、78万が天井だ」


「……そっか」


「でも、無理筋じゃない。足りない30万を、俺の足で稼がなきゃいけない理由はどこにもない」


ユキハはこっちを見た。


「また、計算が終わった顔してる」


「まだ途中。でも道筋は3本見えてる」


祭りが終わった夜、精算をした。


出店の仲介手数料、キャラバン投資枠の配当、卸売、カイエンから引き取った鉄の販売所分、定期便の臨時増発の運賃。祭り3日間の純利、32万8000ゼル。網の全員に四半期分配を前倒しで払って、それでもこの数字だ。


現金と在庫を仕入値で足して——69万6720ゼル。


70万弱。


100万まで、30万ちょっと足りない。


サービス開始の日、500ゼルを握って値札を見て回った市場通りが、ゆうべのことみたいだった。4か月と少し。剣は、一度も振らなかった。


レベルは、いまだに8だ。移動と荷運びだけで上がった分。攻略ランキングの順位表に、俺の名前はどこにもない。それでいいし、それがいい。あの順位表に載らない場所に、俺の商売は建っている。


秋の入札には、このままでは、届かない。


手帳を開いて、3本の道筋を書いた。


1、借りる。テツジンの連盟は、祭りで相当稼いだはずだ。網の3か月の実績を担保に、30万を借りる。返すのは、アルテガの店が生む利から。借りた金には利子がつくが、店の利がそれを上回るなら、借りる意味がある。上回らないなら、そもそも店を買う意味がない。


2、出資を募る。店の権利を、俺一人の持ち物にしない。ミレイユ、テツジン、ガロ、島の5人。網の全員に、金を出した分だけ店の利を分ける権利を売る。俺の取り分は減る。代わりに、店は「俺の店」じゃなくて「網の店」になる。——網は約束の束だ、とカイエンに言ったのは俺だ。だったら店も、約束の束でいい。


3、前受け。アルテガに店ができたら仕入れたい、という客はもういる。その客から、半年分の仕入れ代金の一部を先に預かる。祭りの前にロッドから矢を前払いで買ったのと、逆の立場だ。前払いの危険は、あのとき自分で3つ数えた。今度は、数えられる側に回る。


講義で習った言葉なら、資本調達だ。足りない金を、どう集めるか。借りるか、分けるか、先に預かるか。3つとも値段が違う。借りれば利子。分ければ取り分。預かれば信用。どれを払うかを決めるのが、たぶん第二部の——いや、秋までの、俺の仕事だ。


3本とも書いた。どれも自分の性に合わない気がする——それでも、計算はしておく。


ただ一つ、分かっていることがある。500ゼルから70万まで、俺は俺の足と、網の約束で来た。残りの30万は、足では届かない。届かない金を人から集める道は、たしかにある。そして人から金を集められるかどうかは、この4か月で俺がどれだけ約束を守ってきたかで決まる。


信用は資本だ、と護衛代を満額払った夜に書いた。


信用は使うためでなく、積むためにある——それでも届かないなら、届かない理由を自分で見に行く。


現実の話を少しだけすると、その翌週、ゼミの発表があった。

テーマは自由。俺は「仮想世界における流通網の自己組織化」で30分しゃべった。需要の予告と価格の歪み、固定契約が果たす保険機能、買い占めが自壊する条件。全部、見てきた話だ。

発表が終わると、教授が眼鏡を外して言った。

「楠木くん、きみ……どこかで実務をやってるのか?」

「いえ。ゲームです」

ゼミ室が笑いに包まれて、教授だけが笑わなかった。あとで「参考文献を教えなさい」と真顔で言われた。参考文献はない。あるのは火曜と金曜の馬車だけだ。


その夜、ログインすると、通知が1件灯っていた。


【フレンド申請:アルカ】


指が止まった。


アルカ。祭りの前、西門で草を買っていた、もう一人の相場師。あれから4か月、掲示板にも市場にも、その名前は一度も浮かばなかったのに。


申請には、短いメッセージが添えられていた。


『大商隊祭、いい設計だった。おめでとう。——それと、先に言っておくね。秋のアルテガの入札、わたしも出るから。資金は、もう足りてる』


資金は、もう足りてる。


その1行を、俺は3回読んだ。4か月、姿を見せなかった人間が、100万を持っている。どこで、どうやって。俺と同じ景色を見ていた人間が、俺と違う道で、俺より先に着いている。


画面の向こうで、誰かが俺と同じ椅子に座って、違う数字を見ている。


そんな気配だけが、確かにあった。


俺は申請の画面をしばらく眺めて、それから、承認を押した。


商売敵は、多いほうが市場は面白い。


——30万、集めてみせる。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その26】

・足りない金を集める方法は3つ。借りる、分ける、先に預かる。これが資本調達。

・借りれば利子、分ければ取り分、預かれば信用。どれかを必ず払う。

・借りた金の利子を、その金で買うものの利が上回らないなら、借りる意味も買う意味もない。

・足で届かない金は、人から集める。集められるかどうかは、それまでに守った約束の数で決まる。

◇――――――――――


(第一部・完)

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