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第25話 差出人、経済設計・S・K

迷惑メールじゃなかった。規約違反の警告でもなかった。


―――――――――――――――――


ソーマ様


突然のご連絡を失礼します。アストレア・フロンティア運営、経済設計担当の者です。


来月、公式イベント【大商隊祭】の開催を予定しています。大陸をNPCの大商隊が巡り、プレイヤーは護衛・出店・投資の形で参加できる、経済系では初の大型イベントです。


つきましては、大商隊の巡回路として、あなたが運行している定期便の経路をそのまま採用させていただきたく、ご相談を差し上げました。


経済設計 S.K.


―――――――――――――――――


3回読んで、俺はやっと事態を呑み込んだ。


運営が、俺の道を使いたいと言っている。


最初に浮かんだのは、疑いだった。規約違反を疑われて、遠回しに呼び出されてるんじゃないか。市場をいじり回したプレイヤーとして、目をつけられたんじゃないか。


でも読み返すと、文面はどこまでも商談だった。しかも「ご相談」ときた。運営がプレイヤーに相談。立て付けとしては、地主が小作人に「おたくの畑の道を使わせてください」と言ってきたようなものだ。変な話だが、この変な話が来る場所まで、俺の道は太くなっていたということでもある。


念のため、テツジンとミレイユとユキハに文面を見せた。テツジンは「詐欺じゃねえのか」と言い、ミレイユは「公式コラボじゃない! すごい!」と言い、ユキハは一言、「条件、吊り上げなよ」と言った。


うちの網の三者三様、全員らしい反応だった。


翌日、指定された時間に、ゲーム内の応接室ふうの空間で担当者と会った。姿は簡素なアバターで、名乗りは「S.K.」のままだった。


『率直に申し上げます。我々は当初、大商隊の経路を都市間の最短距離で設計していました。ですが実データを見ると、物流の実績が最も太いのはあなたの経路です。リーデンの塩、バルガの鉄、エルムの矢、離島の船便。最短ではないのに、最も流れている』


「そりゃ、最短距離は誰でも思いつくからね。物が流れる道は、儲かる道であって、近い道じゃない」


『ええ。我々も、データを見てそう学びました』


運営が、プレイヤーから学びました、と言った。今日この応接室で一番おかしな発言だと思う。でも悪い気はしない。


『——ええ。正直に言うと、あなたの網は、我々の設計より良くできている』


事務的な合成音声めいた口調の中で、その一言だけ、妙に人間くさく聞こえた。


「条件が二つある」と俺は言った。「一つ。経路上の販売所と契約工房に、イベント中の優先出店枠をくれ。道だけ使われて、地元が素通りされるんじゃ困る。二つ。イベントが終わったら、経路の運行権はうちに戻すこと」


『妥当です。両方お受けします』


即答だった。あまりに即答だったので、こっちが不安になった。


「……早いね。上の決裁とか要らないのか」


『この交渉の想定問答は、事前に組んでありました。あなたが仲間の出店枠と運行権の返還を求めることは、あなたの過去の取引履歴から予測可能でしたので』


「予測されてたのか、俺は」


『よい取引者は、予測可能です。予測可能であることが、信用の定義ですから』


言い返せなかった。俺がテツジンに売ったのも、まさにそれだったからだ。


商談は15分で終わった。別れ際、俺は一つだけ、前から聞きたかったことを聞いた。


「あんたが設計したなら教えてくれ。このゲームのゼルは、どこから湧いて、どこへ消える?」


短い沈黙があった。学者が、いい質問をされたときの間だった。


『蛇口は3つです。モンスターのドロップ金。NPCが買い取る素材の代金。クエストの報酬。この3つから、毎日ゼルが世界に湧きます』


「で、消える先は」


『NPCの店で物を買う。武器の修理代。転移門の利用料。競売所の手数料。この4つが主な排水口です。プレイヤー同士の売り買いでは、ゼルは移動するだけで消えません』


「蛇口が排水口より太ければ?」


『世界の中のゼルが増え続けて、同じ塩が去年より高くなる。逆なら、誰もが金を使わなくなって物が動かなくなる。我々の仕事は、蛇口と排水口の太さを合わせることです。……あなたのような方が現れるまでは、それだけが仕事だと思っていました』


講義で習った言葉なら、マネーサプライだ。通貨の総量。このゲームでは、それが蛇口と排水口の差で毎日決まっている。俺が塩で稼いだゼルは、誰かの財布から移動してきただけで、世界のゼルは1ゼルも増えていない。増やしているのは角ウサギを狩るレンで、減らしているのは転移門を使う攻略組だ。俺はその間で、流れの向きを変えているだけ。


「あんた、中の人は経済の専門家か何か? このゲームの経済、できすぎてる」


『——設計した経済は、必ずどこかで設計を超えます。超えた部分だけが、本物です』


「……それ、答えになってないけど」


『イベントでお会いしましょう。良い商いを』


アバターは、それだけ言って消えた。


答えになってない。なってないが、妙に耳に残った。設計を超えた部分だけが本物。だとしたら、あの人——あの中の人は、俺の網を「設計を超えた部分」として観測していたことになる。ゲームの運営が、自分のゲームに驚いている。そんなことが、あるんだろうか。


S・K。イニシャルを検索したくなる衝動を、俺は抑えた。中の人を詮索するのは、この世界の作法に反する。それに——正体なんかより、あの言い方のほうがよっぽど気になる。あれは学者の言い方だ。それも、たぶん、市場が好きで好きで仕方ない側の。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その25】

・ゼルが湧く蛇口:ドロップ金、NPCの買い取り、クエスト報酬。消える排水口:NPCの店、修理代、転移門、競売所の手数料。

・プレイヤー同士の売り買いでは、ゼルは移動するだけで増えも減りもしない。

・蛇口が太すぎれば同じ塩が去年より高くなる。排水口が太すぎれば物が動かなくなる。

・商人は通貨を増やさない。流れの向きを変えるだけ。

◇――――――――――

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