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第24話 入札は秋、資産は36万

騒動が完全に収まった週末、久しぶりに一人で勘定をした。


定価販売所、3週間の粗利が22万8600ゼル。1個あたりの利は薄い。草なんて1束2ゼルも残らない。ただ、3都市で毎日、5万人のサーバーの実需が列を作った。薄い利に量が掛かると、こういう数字になる。


正直に言えば、これは狙った数字じゃない。販売所は買い占めを空振りさせるための装置で、儲けは二の次だった。でも「街中が高い中で、そこだけ定価」という状況は、サーバー中の実需をうちの3軒に集めてしまった。守るために建てた砦が、気づいたら一番の稼ぎ頭になっていた。商売ってのは、たまにこういう妙な冗談を言う。


契約網と定期便の純利が3週間で2万4000。定期の2週間分が1万6000。


内訳を通しで検算する。ヴァンガード騒動の直前が10万強。販売所の粗利が22万8600、網の3週間分が2万4000、定期の2週間分が1万6000。合わせて36万8720。


そこからカイエンに20万8000を払って、鉄8000個が倉庫に入った。


さて——これをどう数える。


現金は16万720。倉庫の鉄は、買った値段で数えれば20万8000。市場の今の値段で数えれば29ゼルで23万2000。販売所の売値で数えれば32で25万6000。


3つの数字が、同じ8000個に付いている。


講義で習った言葉なら、簿価と時価だ。買った値段が簿価。今売ったらいくらかが時価。ヴァンガードの帳簿が壊れたのは、売れもしない時価で在庫を数えたからだ。俺は簿価で数える。売れて初めて、差額を儲けと呼ぶ。


現金と在庫を仕入値で足して、36万8720ゼル。


——祭りの夜に3万2000で震えていた俺に教えてやりたい。桁がもう一つ増えたぞ、と。


そして、足りない。


アルテガの大市場、常設店舗権。次の入札は秋。攻略サイトの過去ログによれば、前回の落札額が100万ゼル。今回は市場が育った分、それ以上になるという観測が大勢だ。


36万では、入札台に上がることもできない。


それでも、4か月前の4200ゼルの夜とは違うものが手元にある。あのときの4200はただの残高だった。今の36万の後ろには、毎週金を生む網がある。残高は使えば減るが、網は使うほど太くなる。残りの64万を作るのは、俺の足じゃなくて、たぶんこの網だ。


週末、俺は初めてアルテガまで足を延ばした。


中央都市アルテガ。スターディアから馬車で4時間。城壁の門をくぐった瞬間、音の量が違った。8本の街道がここで束になり、大市場の通りには屋根がかかり、その下に何百という店が肩を並べている。競売所は3階建てで、1階の大板には主要品目の相場が都市別に並んで流れていた。


大市場の北端に、その区画はあった。一等地。屋根付き通りの、人の流れが必ず交差する角。今は絨毯商の店が入っている。半年前に100万で落札された、その店が。


俺は角の向かいに立って、人の流れを30分眺めた。1分間に通る客の数、立ち止まる率、店に入る率。……うん。100万は、高くない。この角は、それだけの金を払う価値がある「道の結び目」だ。


それに、アルテガに拠点があれば、うちの網は変わる。今の網は3都市と離島の「ローカル線」だ。アルテガは8本の街道の結節点——ここに倉庫と店を置けば、他の5都市への路線が全部引ける。店は目標であると同時に、次の網の心臓になる。


見上げた屋根付き通りの梁に、市場の紋章が彫ってあった。天秤と車輪。誰が決めた意匠か知らないが、いい組み合わせだと思う。量って、運ぶ。商いの全部だ。


「アルテガ、行ったことある?」


帰りの定期便の御者台で、隣のユキハに聞いた。


「1回だけ。大きかった。市場の一等地、通りに屋根がついてるの」


「屋根、いいな」


「……ソーマの店、そこに出すの?」


「出す。秋には間に合わないかもしれないけど」


「ふうん」


ユキハは前を向いたまま、しばらく黙った。それから、ぽつりと言った。


「間に合わせれば?」


簡単に言ってくれる。あと半年もない期間で、資産を3倍にしろという話だ。祭り級の歪みがもう2、3回来て、そのすべてに正しく張って、初めて届くかどうか——


「無理そうな顔してる」


「無理筋の計算をしてた」


「ふうん。……ソーマってさ、最初に会ったとき、矢を120束買って『明日の夜までには売れる』って言ったんだよ。あのときも、たいがい無理筋に聞こえたけど」


「あれは無理筋じゃない。計算どおり——」


言いかけて、気づいた。ユキハがこっちを見て、口の端だけで笑っている。乗せられた。弓使いってのは、外堀から射てくる。


「……はいはい。計算し直すよ、間に合う前提で」


「ん。それでこそ雇い主」


「ひとつ聞いていいか。あんた、なんで俺の店にそんなに乗り気なんだ。護衛代が上がるわけでもないのに」


ユキハは少し考えた。


「最初の日、120束売れるって言ったあなたの顔、面白かったから。あの顔がアルテガの角で何するのか、見たい。それだけ」


「……観客か」


「観客。一番前の席の。チケット代はもう払ってる。30回ぶんの火曜と金曜で」


馬車は夕暮れの街道を、時間割どおりに走っていく。荷台には他人の荷物が100枠。この車輪の音を、あと何回聞けば100万になるのか。真面目に数え始めた俺は、われながら、だいぶ治る見込みがない。


その晩、ログアウトの直前に、メールの着信音が鳴った。


差出人の欄を見て、俺は指を止めた。


【運営】ノヴァギア社

◇――――――――――

【行商人の帳面 その24】

・買った値段が簿価。今売ったらいくらかが時価。同じ在庫に二つの数字がつく。

・売れもしない時価で在庫を数えると、帳簿が壊れる。

・在庫は簿価で数え、売れて初めて差額を儲けと呼ぶ。

・残高は使えば減る。網は使うほど太くなる。

◇――――――――――

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