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第3話 空の荷台は罪

バルガの雑貨屋に引き返して、俺は棚をもう一周した。


この街で安くて、スターディアで高いもの。逆方向の荷物。


候補は3つあった。


鉄鉱石。安いが、重い。《大荷物》でも30個で背中が埋まるし、スターディアに鍛冶場は少ない。売り先が細い。


ランプ油。悪くない値差だが、割れ物扱いで、走ると背負い袋の中で「破損判定」が出るらしい。初心者向け攻略板に泣き言が書いてあった。


そして、砥石。鉱山都市の名産で、1個5ゼル。山と積まれている。軽くて、割れなくて、そして——武器を使う人間なら全員が消耗する。


答えは足元にあった。


スターディアの道具屋では、同じ砥石が10ゼルの値札だった。しかも初日の夕方、武器の耐久を減らした剣士たちが道具屋の前に列を作っていたのを、俺は見ている。


80個で400ゼル。所持金860から、残り460。


帰りの2時間は、行きより短く感じた。荷物があるからだ。空荷で歩く時間は損失で、積荷を運ぶ時間は仕事になる。同じ2時間なのに。


歩きながら、今日の往復を頭の中で組み直した。行き、塩40袋で利益360。帰り、砥石80個で利益の見込みが480。往復の粗利840。これを「塩の商い」と「砥石の商い」と数えるのは、たぶん間違いだ。正しくは「リーデン・バルガ往復」という1本の商いで、塩と砥石はその積荷にすぎない。


商品じゃなくて、道が稼ぐ。


9時間歩いて840なら、時給90を超える。空荷で帰れば50ちょっとのままだった。歩く時間は同じ。変わったのは、帰りの袋の中身だけ。


講義で習った言葉なら、固定費だ。歩く時間は、荷物があってもなくても同じだけかかる。だから固定費は、載せられるだけ載せて割る。帰り荷ってのは、固定費を2回使うための荷物だ。


この感覚は、覚えておく価値がある気がした。


スターディアに着いたのは夕方6時。俺は道具屋には売らなかった。


武器屋通りの端で、露店を開いた。この街では、広場利用料の1ゼルを払えば誰でも店を広げられる。


「砥石、1個11ゼル」


道具屋より1ゼル高い。それでも売れる読みだった。道具屋の前は今日も行列で、並ぶくらいなら11ゼル払う奴がいる。


「砥石!? 助かる、2個くれ」


「俺も。並んでたら狩りの時間なくなるとこだった」


最初の10分で15個売れた。狩りから戻った剣士がまとめて3個。両手剣の大男が2個。夕方のピークには、露店の前に小さな人だかりができた。


「なあ、明日もここでやる?」


「やるよ。夕方から」


「じゃ明日買うわ。金欠なんだ今日」


買わない客の「明日買う」は、店にとっては売上と同じくらい大事な情報だ。明日の仕入れ数の根拠になる。


80個は、1時間持たなかった。


売上880ゼル。所持金、1340ゼル。


初期資金500が、2日で1340。片道の商いを往復の商いに変えただけで、利益の出方が変わった。


面白かったのは、客の顔ぶれだ。砥石を買っていくのは中堅どころの剣士が多い。初心者は武器がなまくらでも気にしないし、廃人クラスは属性砥石とかいう上位品を使う。真ん中の、装備を大事にし始めた層。市場ってのは「誰が買うか」まで見えて、初めて読めたことになるらしい。


露店を畳んでいると、頭の上に見慣れた顔が来た。レンだ。背中の剣が昨日より立派になっている。


「レベル10になった。お前は?」


「2」


「おー、低い。何してたんだ2日で」


「塩を運んで、砥石を売ってた」


「地味だな! ……いや、悪い意味じゃなくて。で、儲かったのか?」


「500が1340」


「お、増えてんじゃん。俺の剣、素材代込みで300だぞ。お前の2日の儲けのほうが多いのか……」


レンは本気で感心した顔をした。こういうとき、あいつは絶対に悔しがらない。人の稼ぎを素直に喜べる奴は、たぶん一生、友達に困らない。


「そういやお前、飯どうしてんの。ゲーム内の空腹度」


「バルガの飯屋。塩が利いてて旨いよ」


「2時間歩いて飯食いに?」


「どうせ商売で通る道だ。ついで」


「ついで、か。俺、ついでって概念ないわ。狩場と街の往復しかしてねえ」


ついでを何枚重ねられるかが、こっちの商売の厚みになる。口には出さなかった。


露店の隣で、革鎧の少年が肩を落としてつぶやいた。


「また矢が売り切れだ……。狩人やめようかな……」


——矢?


「なあ、それ。道具屋の矢、いつも何時に売り切れる?」


少年はきょとんとして、それから指を折った。


「えっと、夕方の5時くらい? 入荷が昼で、みんな狩りの前に買ってくから。夜に狩りたい人は、もう買えない」


「入荷は毎日?」


「ううん、2日に1回とか。店のおじさんは『仕入れが来ないんだ』って」


売り切れの時刻。入荷の頻度。困っている客の数。少年は自分が何を教えてくれたのか分かっていない顔で、肉串を買いに行った。


俺は畳みかけた背負い袋を、もう一度広げた。矢の産地はどこだ。仕入れが「来ない」なら、取りに行けばいい。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その3】

・歩く時間は、荷があってもなくても同じ。これが固定費。

・固定費は、載せられるだけ載せて割る。帰り荷は固定費を2回使う荷物。

・商品が稼ぐんじゃない。道が稼ぐ。

・「明日買う」は売上と同じくらい大事な情報。

◇――――――――――

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