第18話 10万ゼルと友人の頼み
『玄鋼のかけら、って素材を知ってるか』
翌日の昼、大学の学食でレンは切り出した。ゲームの話を現実の食堂でする。行儀の悪さはお互い様だ。
レンのクラン〈暁〉は、初回討伐争いの2番手グループにいる。ヴァンガードには周回遅れだが、3番手には負けない、そういう位置だ。で、次のレイドボスが火属性で、前衛の武器に耐火の強化が要る。そこまで一気にしゃべってから、あいつは本題の素材の名前を出した。
「上位武器の強化素材だろ。高難度ダンジョンの低確率ドロップ」
「そう。うちのクラン、来月レイドに挑むんだけど、前衛の武器強化にそれが20個要る。市場に出回らなくてさ。競売所に月に1、2個出て、即座に消える。ヴァンガードは自前で潜って集めてるけど、うちにはその人数がない」
「で?」
「……調達、できないか。お前、生産職とつながってるんだろ。金は払う。友達だから安くしろとか言わねえ。商売として頼んでる」
レンはそう言って、真面目な顔で頭を下げた。学食で。唐揚げの前で。
「頭上げろ。目立つ」
「いや、ここはちゃんとしとく。お前の商売に、友達の顔で割り込むのは違うと思ったから」
こいつのこういうところが、俺はたぶん一番好きだ。
俺は麺をすすりながら考えた。玄鋼のかけらは、ドロップ品を運よく拾うものだと思われている。でも実は、もう一つ入手経路がある。上位鉱石を精錬したときの副産物だ。歩留まりは悪いが、鍛冶屋が大量に精錬すれば、確実に出る。
つまり、あれは「拾う」素材じゃなくて「出させる」素材だ。市場に出ないのは、鍛冶屋が副産物を売りに出す手間を惜しんで、工房の隅に転がしているから。
「2週間で20個。1個800ゼルでどうだ」
「た、高くね!? 競売の落札相場は600だぞ」
「月に1、2個の相場だろ。20個まとめて、納期付きだ。競売で月2個ずつ集めたら10か月かかる。レイドは来月なんだろ?」
レンはうなった。うなって、財布と相談して、頗いた。
「分かった、800。ただし、うちのクランの金だから、契約書はちゃんと書いてくれ。倉庫番がうるさいんだ」
「書く。むしろ書かせてくれ」
ここで一つ、自分に線を引いた。レンは友達だ。友達だから、前金はもらわない——と言いたくなった。言わなかった。半額前金、納品時に残り。他の客と同じ条件にした。
講義で習った言葉なら、与信だ。相手にどこまで後払いを許すか。友達だから全額後払い、は与信じゃなくて甘えで、甘えは商売を腐らせる。レンのクランが来月のレイドで全滅して解散したら、1万6000の売掛はどこに請求すればいい? 友達の顔に請求書は出せない。だから最初から、友達の顔と取引の顔を分けておく。レンは「それでいい。それがいい」と言った。
連盟の鍛冶5工房に声をかけた。テツジンは話を聞いて、にやりとした。
「玄鋼のかけらか。あるある。精錬のたびに出るが、売り方が分からんから箱に放り込んである。うちの箱だけで4個は眠ってるぞ」
「その箱、開けてくれ。あと精錬の予定があるなら前倒しできないか。副産物は1個550で全部買い取る」
「550!? ゴミ箱の中身がか?」
ゴミ箱の中身かどうかは、持ち主が決めることじゃない。欲しい奴の数が決めることだ。
2週間で23個集まった。20個をレンのクランへ、1万6000ゼル。仕入1万1000と手数料諸々を引いて、純利4400。残りの3個は、次に同じ依頼が来たときのために倉庫へ置いた。
受け渡しの日、レンのクランの倉庫番が画面越しに拝んできた。
「あんたが噂の定期便さんか……! まじで実在したのか……!」
納品した20個を、彼は1個ずつ数えて検品した。いい倉庫番だ。数え終わって、拝む合掌が2割増しになった。
「2週間で20個って、正直半信半疑だったんです。競売の張り込み当番まで組んでたのに」
「張り込みは続けていいよ。競売で600の出物があったら、そっちのほうが安い」
「仕入先が自分とこより安い買い方を勧めてくる……」
「定期便さんはやめてくれ。名前で頼む」
「え、名乗っていいんですか!? 掲示板だと正体不明ってことになってますよ」
隠してるつもりはない。取引画面には毎回名前が出てるんだから、見てない側の問題だ。ただ、訂正して回るほど暇でもない。噂ってのは、勝手に育って勝手に働く。放し飼いにしておくのが一番安上がりな広告だった。
隣でレンが、満足そうな顔をしていた。
「なあソーマ。初日に俺、『いい選択なのかもな』って言ったよな」
「言ってたな。半信半疑の顔で」
「半信半疑だったよ。でも今は違う。お前、ゲーム間違えてなかった。——賭けてた飯、俺の負けでいいわ」
「まだ3か月経ってない」
「いいんだよ。負けを認めるのは早いほうがいい。お前が教えてくれたんだろ、損切りは早くって」
「……それ、ちょっと違う使い方だけどな」
「細けえことはいいんだよ。唐揚げ定食、奢る」
◇
その週の精算の朝、画面の数字が桁を変えた。
契約網と定期便で週8000から9000。それを8週。先月あった第二回大狩猟祭では、今度は資産の3割だけを仕込んで、1万8000の純利。玄鋼の4400。倉庫代と人件費を引いて——
【所持金】100120ゼル
10万ゼル。開始から3か月と少し。
第二回の祭りは、第一回ほどの独り勝ちにはならなかった。掲示板で手口が知れ渡って、露店を出す商売人が60軒に増えたからだ。矢の売値は16じゃなく11までしか上がらなかった。それでいい。俺は張る量を3割に絞ったし、そもそも今の主力は祭りの一発じゃなく、毎週の網のほうだ。
歪みは、見つかれば消える。それが市場の揟だ。だから歪み拾いはいつか終わる。でも「読める毎週」を売る商売は、市場が続く限り終わらない。祭りで俺の真似をした60軒のうち、何軒が来月、定期契約を持ってるだろうな。
目標の100万まで、あと10分の9。
数字を眺めていた俺は、まだ知らなかった。
そのころ、この素材取引の記録を、まったく別の目的で眺めている連中がいたことを。
◇――――――――――
【行商人の帳面 その18】
・相手にどこまで後払いを許すかが与信。友達だから全額後払い、は与信でなく甘え。
・身内との取引ほど、他の客と同じ条件にする。友達の顔に請求書は出せない。
・「拾う」素材だと思われている物が、「出させる」素材だったりする。
・噂は放し飼いが一番安い広告。
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