第14話 護衛代は満額で
西門には、ユキハだけじゃなくガロもいた。
二人とも、装備が少しずつ良くなっている。ユキハの弓は祭りの稼ぎで新調した複合弓で、ガロの大剣はテツジンの工房——じゃなかった、このときはまだバルガの有名工房としか知らなかった店——の打ち直しだ。俺の護衛代と荷運び代が、二人の装備になって、二人の装備がまた俺の荷を守る。金は回っている。俺の倉庫が空でも、回した金は消えていない。
「よう、相場師サマ。派手にやられたんだって?」
「誰から聞いた」
「ユキハ。『倉庫が空になってた』って」
余計なことを。俺は取引画面を開いて、二人に今月分の護衛代と運搬代を送った。ユキハに350、ガロに250。合わせて600ゼル。値切りも、分割もなしだ。
ユキハは受け取り確認を3秒見つめてから、言った。
「……ほんとに満額払うんだ。大損したのに」
「大損したのは俺の張り方のせいで、あんたたちの仕事のせいじゃない。護衛は完璧だった。完璧な仕事から値切ったら、商人は終わりだよ」
沈黙があった。
先に口を開いたのはガロだった。
「現実でさ、俺は建設屋なんだけどよ」
「うん」
「景気が悪くなると、真っ先に下請けの払いを渋る元請けってのがいる。で、そういう会社は景気が戻ったとき、誰にも相手にされなくなってる。人手が要る時期に限って、職人が集まらねえの」
ガロは大剣を担ぎ直した。
「払いの汚ねえ奴と、金の話を軽くする奴。俺はこの2種類を信用しねえことにしてる。あんたは今んとこ、どっちでもねえ」
「今んとこ、ね」
「おう。今んとこな」
ガロは大剣を地面に立てて、柄に顎を乗せた。
「あとよ、これは年上のお節介だけどな。負けた話を隠さねえのも、いい癖だ。現場でやばい失敗ほど隠す奴がいてな、隠された失敗は必ずでかくなって返ってくる。あんたはユキハに倉庫を見られて、そのまんま白状した。だから俺らはまだここにいる」
「……白状したというか、隠す間もなく見られたというか」
「結果は同じだ」
結果は同じ。そういうことにしておく。
ユキハが横で小さく息を吐いた。笑ったのかもしれない。
「ね、ガロさん。この人、倉庫が空になった週に、わたしたちの支払いだけは満額にするんだって」
「おう。だから言ったろ、金の話が締まってる奴は大丈夫だって」
「大丈夫かなあ。全財産を鉄に変える人だよ?」
「全財産を鉄に変えて、それでも人件費を値切らねえ奴だ。危なっかしいが、腐っちゃいねえ」
本人を目の前に置いて査定するのはやめてほしい。でも、悪い査定じゃなかったので黙って聞いた。
「わたしね、リアルは大学で弓道部。試合でね、外した矢のことをずっと考えてる人から崩れていくの。次の1本のことを考えてる人は、崩れない」
「経験談?」
「経験談。2年の秋、団体戦で4本全部外して、そこから3か月引きずった。引きずってる間の的中率、見たくない数字だった」
彼女がそんなに長くしゃべるのを、初めて聞いた。
「で、どうやって戻った」
「監督に言われたの。『外した理由を紙に書いて、書き終わったら、その話は2度としない』って。書いてみたら3行で終わった。3行のことで3か月引きずってたのかって、馬鹿らしくなった」
3行。俺の負けは何行だろう。倉庫の前で立ち尽くした3日間は、書き出したら何行になる。
——たぶん、1行だ。「読みに全部張った」。それだけ。
「……つまり?」
「次、何を運ぶの。わたしたち、いつ呼ばれるの」
俺は少し黙った。倉庫は空で、所持金は1万5000で、計画は白紙だ。
白紙。そうだ。白紙から組み直せばいい。次の1本を。
「来週から、いつもの往復を再開する。それと——バルガの鍛冶屋を回りたい。護衛というか、荷運びを頼む」
「鍛冶屋?」ガロが眉を寄せた。「あそこの連中がどうかしたか」
「噂を聞いた。祭りと延期騒ぎで相場が暴れて、鍛冶連中が鉄の仕入れに困ってるらしい。——俺の倉庫には、売り損ねた鉄が100個ある」
「売り損ねた鉄を売りに行くの? 傷口に塩じゃない?」
「傷口の塩はリーデン産で頼む」
ユキハが、ぶ、と噴き出した。ガロが「今の面白かったか?」と真顔で聞いて、余計におかしくなった。
負けた週の終わりに、3人で笑った。それだけのことが、思ったより効いた。
帰り道、ユキハが並んで歩きながら言った。
「さっきの600ゼル。正直、受け取らないほうがあなたのためだと思ってた」
「今は?」
「受け取ってよかったと思ってる。あなたがわたしに払ったのは600じゃなくて、『この人は負けても払う』っていう事実だから。それ、次の仕事で値段に乗る」
「乗せていいのか?」
「乗せる。わたしの護衛代、来月から370ね」
「……値上げの口実に使われた」
「使える口実は使う。あなたに教わった」
講義で習った言葉なら、信用は資本だ。目に見えないが、貸借対照表のどこにも載らないが、それがあると取引の値段が下がり、ないと取引そのものが成立しなくなる。600ゼルで、俺はたぶん、それより高いものを買い戻した。ついでに20ゼルの値上げも食らったが。
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【行商人の帳面 その14】
・信用は帳簿に載らない資本。あると取引が安くなり、ないと取引ができなくなる。
・契約は、自分が苦しいときに守って初めて信用になる。楽なときは誰でも守る。
・払いを渋る雇い主のところに、いい人材は戻らない。
・負けは隠さない。隠した失敗は大きくなって返ってくる。
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