第24話 上陸前夜
【中国福建省・沿岸部】
2026年6月20日 23:00
夜の闇に包まれた中国大陸の沿岸部では、人類の歴史上でも類を見ない規模の渡洋作戦が幕を開けようとしていた。
軍港だけでなく、接収された民間の商業港や漁港に至るまで、見渡す限りの艦船がひしめき合っている。強襲揚陸艦や戦車揚陸艦といった正規の海軍艦艇に加え、中国全土から徴用された数千隻に及ぶ民間RO-RO船や大型貨物船が、迷彩塗装も施されないまま大量の機甲部隊と歩兵を飲み込んでいた。
前線指揮所のバルコニーからその威容を見下ろす中国軍の東部戦区司令官は、確信に満ちた笑みを浮かべていた。
「台湾の残弾は底をつき、米軍の空母は我が方の弾道ミサイルと潜水艦隊の足止めを食っている。もはや台湾海峡に我々を遮るものは何もない」
司令官の傍らに立つ政治将校も、満足げに頷いた。
「すべては、日本という国家が自ら武装を解除し、我々の巨大な防波堤となってくれたおかげです。彼らが米軍の進軍ルートを塞ぎ、我が軍に無尽蔵の燃料と港を差し出してくれたからこそ、この短時間でこれほどの兵站を海峡に集中させることができました」
「平和主義という名の喜劇だな。自らが手を下さなければ、他国がどれだけ血を流そうが自分たちは無垢だと信じ込んでいる。その愚かさが、我々に歴史的勝利をもたらすのだ」
司令官が手を高く掲げ、そして振り下ろした。
それを合図に、数千隻の巨大な船団が一斉にエンジンを唸らせ、黒い波を蹴立てて台湾海峡へと漕ぎ出した。暗黒の海を埋め尽くす侵略の群れが、最終目的地である台湾本島へとひた走る。
【日本・沖縄(在日中国軍基地および那覇空港)】
2026年6月20日 23:30
中国大陸から本隊が出撃したのと時を同じくして、日本の沖縄からも無数の機影が夜空へ飛び立っていた。
かつての自衛隊那覇基地や民間空港までもが日中安保条約の「緊急事態条項」によって中国軍に完全接収されており、そこから中国軍の大型輸送機や空中給油機が絶え間なく離陸していく。
彼らの任務は、台湾へ上陸する本隊を上空から支援するための空挺部隊の投下と、航空部隊への後方支援である。
空港のフェンスの外では、日本の警察と災害救助隊が、空港への侵入を試みる暴徒化した県民を必死に押し留めていた。
数時間前の米軍による報復空爆で家を失い、家族を奪われた市民たちは、もはや理性を失っていた。「中国軍は出て行け」「お前たちのせいで沖縄が狙われたんだ」という怒号が飛び交い、投石によって救助隊員のヘルメットが鈍い音を立てる。
「やめてください! 我々は皆さんを守るために……!」
小隊長が拡声器で叫ぶが、その声は次々と飛び立つ中国軍機の轟音と、群衆の怒号に完全にかき消された。
平和を謳う本土の政権は、沖縄を中国軍の巨大な兵站拠点として機能させるためだけに機動隊を増派し、自国民の弾圧を命じている。災害救助隊員たちは、自国を戦場に売り渡した政府の盾として、同胞から石を投げられるという無間地獄に突き落とされていた。
日本の大地は、中国の侵略を完遂させるための最も強固で、最も残酷な歯車として完璧に機能し続けていた。
【台湾西海岸・防衛陣地】
2026年6月20日 23:45
台湾海峡に面した西海岸。塹壕の中に身を潜める台湾陸軍の兵士たちは、波の音と遠くの爆撃音だけが響く暗闇の中で、じっと息を殺していた。
「来るぞ。レーダーの残存施設からデータリンク。海峡を埋め尽くすほどの反応だ」
中隊長が、暗視ゴーグルを下げながら低い声で伝達した。
兵士たちは黙って小銃の安全装置を外し、肩に力強く引き寄せた。
対装甲ミサイルの残弾は極端に少なく、砲兵部隊の支援も期待できない。海を渡ってくる数万の敵兵と数百の装甲車を相手に、彼らは文字通り肉弾戦で海岸線を死守しなければならない。
「日本が中国の味方についたと聞いた時は絶望したが……案外、悪くないかもしれないな」
泥にまみれた若い兵士が、隣の古参兵にポツリとこぼした。
「どういう意味だ?」
「同盟国だの、国際社会だの、他人の助けを当てにしているうちは、本当の覚悟なんて決まらないってことですよ。誰も助けに来ない。だったら、俺たちがここで死ぬ気でやるしかない。シンプルじゃないですか」
古参兵は少しだけ口角を上げ、若き兵士の肩を強く叩いた。
「その通りだ。この島は俺たちのものだ。一歩たりとも、奴らにくれてやる義理はない」
塹壕の中に、静かだが鋼のように硬い闘志が満ちていく。
孤立無援の絶望は、彼らから迷いを完全に削ぎ落としていた。
【台湾海峡】
2026年6月20日 24:00(D-Day 00:00)
時計の針が、真夜中の12時を指し示した。
開戦からジャスト24時間。奇襲と破壊、麻痺と欺瞞に満ちた「D-Day(侵攻初日)」が終わりを告げる。
暗視ゴーグル越しに見つめる台湾兵たちの視界の先に、海と空の境界線を黒く塗り潰す巨大な影の壁が現れた。
中国軍の第一波上陸部隊、水陸両用装甲車の群れである。エンジンの重低音が、地鳴りのように海岸線を震わせ始めた。
引き返せない一線は越えられた。
血と泥と鉄が入り交じる、Phase 3「水際の血戦」の幕が、今まさに切って落とされた。




