第25話 上陸開始
Phase 3:D-Day+1 水際の血戦(D+1 00:00 - 11:59)【台湾北部・新北市(淡水河口付近の海岸線)】
2026年6月21日 00:00
深夜の闇に包まれた海岸線。波の音を掻き消すように、地獄の蓋が開く轟音が響き渡った。
海と空の境界線から、黒い塊が無数に湧き出してくる。中国軍の第一波上陸部隊、水陸両用装甲車の群れである。車体後部のウォータージェットを激しく噴射しながら、浅瀬を乗り越え、次々と台湾の砂浜へと上陸していく。
塹壕に身を潜める台湾陸軍の中隊長は、暗視ゴーグルの緑色の視界の中で、無数に這い上がってくる鉄の怪物たちを睨みつけていた。
アメリカからの補給が絶たれた今、彼らの手元にある対装甲火器は極端に少ない。遠距離から撃ち合えば弾薬が尽き、瞬く間に蹂躙される。敵を引きつけ、確実に仕留められる距離まで待たなければならなかった。
「撃つな……まだだ。限界まで引きつけろ」
中隊長が無線で低く命じる。兵士たちは泥にまみれた手で小銃や対戦車ロケットを握りしめ、荒い息を吐きながらその時を待った。
先頭の中国軍装甲車が砂浜に乗り上げ、後続の車両群が海岸線を埋め尽くし始めた。彼らは抵抗がないと見て取ったのか、ハッチを開け、搭載された機関砲の銃身を無造作に旋回させている。
「距離、三百。……今だ! 撃てぇっ!」
中隊長の絶叫と同時に、静寂に包まれていた海岸線が、無数の閃光と爆音で弾け飛んだ。
隠蔽されていたトーチカから、対戦車ミサイルが炎の尾を引いて飛び出す。ミサイルは先頭の装甲車の側面に深々と突き刺さり、耳をつんざくような大爆発を引き起こした。車体が吹き飛び、中に乗っていた中国兵たちが炎に包まれて砂浜へ投げ出される。
それを合図に、台湾軍の防衛線全体から一斉射撃が開始された。
なけなしの迫撃砲弾が砂浜に着弾し、機関銃の曳光弾が赤い雨のように中国軍の上陸部隊へ降り注ぐ。油断していた第一波の兵士たちは、次々と波打ち際で血の海に沈んでいった。
しかし、中国軍の数はあまりにも多すぎた。
破壊された仲間の車両を盾にするように、後続の水陸両用装甲車が次々と上陸を果たし、強力な三十ミリ機関砲で台湾軍の陣地へ猛烈な反撃を開始する。コンクリートのトーチカが削られ、反撃を試みた台湾の若い兵士が胴体を吹き飛ばされて塹壕の底へ転がり落ちた。
「ひるむな! 海へ叩き返せ!」
弾薬の枯渇という絶望を前にしても、台湾の兵士たちは一歩も退かなかった。彼らは自らの命を燃やし、文字通り肉弾となって水際の血戦へと身を投じていった。
【台湾海峡・中国軍強襲揚陸艦】
2026年6月21日 00:30
海峡の中央に停泊する強襲揚陸艦の指揮所では、上陸部隊の司令官が赤く染まりゆく海岸線のライブ映像を冷徹に見つめていた。
「第一波、激しい抵抗に遭遇。損害率が三十パーセントを超えました。敵は弾薬不足と推測されていましたが、狂信的な抵抗を見せています」
作戦参謀が緊迫した声で報告する。
「想定内だ。気にするな」
司令官は表情一つ変えずに言い放った。
「彼らに後続の補給はない。どれほど激しく牙を剥こうと、それは死に絶える前の最後のあがきに過ぎん。第二波、第三波を間断なく投入しろ。弾薬が尽きるまで、敵の陣地に肉の壁を押し付け続けろ」
参謀は一瞬だけ口を閉ざしたが、すぐに敬礼して通信機に向かった。
司令官の頭の中にあるのは、いかに兵士の命を節約するかではなく、いかに早く橋頭堡を築くかだけだった。
「日本が我が軍の巨大な後背地として機能しているおかげで、我々はいくらでも後続を送り込める。アメリカの空母がノロノロと迂回している間に、この島を完全に踏み潰すのだ」
司令官の言葉通り、中国大陸からは休むことなく徴用された民間船が兵士を満載して押し寄せていた。日本という同盟国が提供した「完全な安全地帯」が、中国軍にこの無慈悲な物量作戦を可能にさせていたのである。
【東京・首相官邸】
2026年6月21日 00:45
日付が変わった東京の官邸執務室。総理大臣は、疲れ切った顔で熱い茶をすすっていた。
そこへ、内閣官房長官が新たな報告書を手に駆け込んできた。
「総理、台湾本島への中国軍の上陸作戦が開始された模様です。水際で激しい戦闘が行われており、双方に甚大な被害が出ているとのことです」
「上陸が始まったか……」
総理大臣は茶碗を置き、深く息を吐き出した。その表情には、悲惨な戦況を憂う色ではなく、どこか安堵したような響きすらあった。
「ようやく、終わりの始まりが見えてきたな。上陸を許した以上、台湾軍が持ち堪えるのは不可能だ。数日以内に台北は陥落し、この忌々しい紛争も終結するだろう」
「しかし総理、我が国内の状況も限界です」
官房長官が声を荒らげた。
「中国軍への補給を最優先した結果、全国の物流網が完全に麻痺しました。スーパーの棚は空になり、各地で暴動が頻発しています。機動隊の弾圧に対する反発で、政府への怒りは頂点に達しています!」
「愚か者どもめ」
総理大臣は忌々しげに舌打ちをした。
「我々がどれほど彼らの命を守るために苦心しているか、なぜ理解できないのだ。自衛隊を持っていれば、今頃彼らは沖縄のように空爆で死んでいたのだぞ。少し腹を空かせるだけで平和が手に入るのだから、安い代償ではないか」
総理大臣は立ち上がり、官房長官に鋭い視線を向けた。
「国民には『アジアの恒久平和のための最終段階に入った』とアナウンスしろ。中国軍への協力は絶対だ。我が国は平和のために、最後までこの体制を維持する。暴れる者は容赦なく拘束し続けろ」
海を隔てた台湾では、自由を守るために若者たちが自らの血を流して戦っている。
一方、武力を捨てたはずの日本では、最高権力者が平和という呪文を唱えながら、飢えた自国民を警察の暴力で弾圧し続けていた。
開戦から24時間が過ぎ、日付は6月21日へ。
台湾海峡は、文字通り血の海と化そうとしていた。




