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欲の理(よくのことわり)  作者: utsu_ro
第一章「世界の正体」
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第3話 視線

 見て。

 ねえ、こっちを見て。


 俺はカメラに向かって笑う。最高の笑顔で、最高の言葉で。何度も、何度も。

 画面の向こうに、誰かがいるはずだ。俺を見て、「いい」と言ってくれる、誰かが。


 ——でも、通知は一つも来ない。


 先週、"あの場所"へ行きそびれた。それから、もう十日近く。あそこへ通えば、いつも、胸の奥のざわめきが嘘みたいに治まるのに。間が空きすぎて——それは、戻ってきた。前より、ずっと大きくなって。


 見られたい。

 誰でもいい。一人でもいい。俺を見てほしい。


 通りへ出て、すれ違う人に話しかける。ねえ、見て。俺、こんなことできるんだ。すごいでしょ。

 でも、誰も目を合わせない。みんな自分のことで精一杯みたいに、俺の横をすり抜けていく。

 この街の人間はもう、誰のことも見ていない。


 もっと。もっと派手に。もっと、馬鹿みたいなことを。

 俺は車道の真ん中で叫ぶ。高いところへ登って、両手を広げる。見て。見てよ。俺がここにいるって、誰か、言ってくれよ。


 拍手は起きない。

 どれだけやっても——いや、見られないままでも、胸の穴は塞がらない。むしろ、叫ぶほどに、広がっていく。空っぽになっていく。


 そのとき、肩を掴まれた。


 振り返ると、感情のない目をした人たちが、何人も、立っていた。表情も、声もなく、俺の腕を取る。番人だ。

 "あの場所"へ、戻されるのだ。また、何も欲しがらない、空っぽの俺に。

 ——嫌だ。

 俺は掴まれた腕を引きちぎるように振り払って、走り出した。見られたいだけだったんだ。連れて行かないでくれ。


 通路の先、閉まりかけたエレベーターに、俺は転がり込む。


 箱の中には、うつろな目をした人たちが、何人も。

 その奥に——全身黒の、フードを目深に被った男。そして、その手首を片手で掴んだまま、固まっている女。

 二人はこちらを見て、ぴたりと、動きを止めた。


 番人が、追ってくる。


 その瞬間だった。

 女は掴んでいた手を、そっと離した。男は俯いて、フードの奥へ顔を沈める。二人とも、何事もなかったように、うつろな目をした"普通"の乗客に成りすます。

 まるで——自分たちも、見つかってはいけない、とでもいうように。


 俺は番人に腕を取られながら、叫んだ。見て。お願いだ、誰か、こっちを見てくれ。

 でも、箱の中の誰も——あの二人さえも、俺を見なかった。みんな、うつむいて、息をひそめて、俺はこの世界でたった一人の"人間"なのかもしれない。


 連れて行かれる。

 あれだけ見られたかったのに——最後まで、誰の目にも、映らない。そう、思っていた。


 抵抗を続ける俺を、番人が赤子のように抱え上げ、反転した——その時。ほんの僅かな瞬間、あの二人と、目が合った。

 あいつらの目には、確かに、宿っているものがあった。"欲"という曖昧なものに、はっきりと焦点の合った、目。


 俺は……全身の力が抜けていくのに気づいた。

 けれど、不思議と、悪くない。幸せと呼べるのかも分からないその感情が、抵抗を諦めさせた。


 ああ、よかった。これで、少しは——満たされた。

——あなたは今、誰かに、本当に"見られて"いますか。

そして、彼を連れて行った"あの人たち"は、何者なのか。


次話、物語は——すべてを奪い続けた、あの男のもとへ戻ります。


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