最初で最後の夜
「あの、お願いがあるんだけど」
沈黙を破ったのはアーロンだった。
「ラルフにお願いがあるんだけど。今晩、エヴァンを僕に貸してください」
「え?」
一同に衝撃が走った。
「いきなりなんだよ」
とエヴァン。
「いいわ、オーケイ」
とラルフが言った。
「なんだよそれ」
と焦るエヴァン。
「ゲストルームのベッド使っていいわ」
「なんだよそれ」
もう一度エヴァンが言った。
「僕の意思は無視かよラルフ」
と抵抗するエヴァンも2メートルの巨人の前には無力だった。引きずられるようにゲストルームに押し込まれてドアを閉められた。
「○▼※△☆▲※◎★●!」
エヴァンが何かわめいていた。
「平気なの? ラルフは」
バネッサが心配そうにたずねた。
「いいの。荒療治があのふたりには必要なのよ」
「私は、ちょっと嫌だな……」
「え? バネッサあなた」
他の男が待つベッドルームに、それも恋人に強制的に押し込まれたエヴァンは憮然と突っ立っていた。
その背後にまわったハーフパンツのアーロンは上半身裸だったが露出している部分の方が少ないくらい包帯と湿布で覆われていた。
後ろからエヴァンを抱きながら耳元で
「今夜の僕はアーロンではありません。ただの地面、大地だと思ってください」
と囁きながらエヴァンのシャツのボタンをひとつずつ外していった。さすがプロのテクニックだった。
「初めて会ったときから僕はエヴァンとこうなることが希望だった」
と耳元で囁かれて化石のように固まってしまったエヴァンは『こうなることが怖かった』と麻痺しかかった意識の中で思っていた。
エヴァンの胸を愛撫するアーロンの指はまるで別の生き物だった。指使いと耳元での吐息だけでエヴァンの理性の制御システムをあっけなく崩壊させてしまいそうな魔力を秘めていた。
その指の動きが止まった。
ふいにエヴァンの背後から嗚咽が漏れてきた。エヴァンの背中に額をくっつけてアーロンが泣いていた。
「怖かった、エヴァン。でもきっと助けてくれると信じていた」
ベッドの中でエヴァンに抱きしめられてアーロンは泣き続けた。子供みたいに泣くアーロンの髪を撫でながらエヴァンはこれも浮気になるのかな?と漠然と考えていた。
ま、いいや。あとのことは明日考えよう。もう疲れて理性なんかどっか行った。
そのうちアーロンの寝息が聞こえてきた。エヴァンに抱かれて安心したのか、傷だらけの顔を涙で濡らしたままアーロンは眠ってしまった。
その無防備な寝顔を見たエヴァンは衝動的に唇にキスをしていた。
「これは完全に浮気だな」
アーロンを抱きながらエヴァンも眠りについた。
カーテンから漏れる光で目覚めたアーロンはとなりにエヴァンの寝顔を見つけてちょっと驚いた。朝まで抱いていてくれたんだ。
でもハーフパンツはそのままだった。「なんだよ」とひとり笑った。
「大地となら交わるんじゃなかったのかよ」
ゆうべ、エヴァンは自分を拒まなかった。あのまま落とせる自信もあった。
もちろん最後までいくつもりはなかったのだが、拒まなかったエヴァンの気持ちがうれしくて泣いてしまった。
それで十分だった。男娼としての最後の相手はエヴァンだった、未遂だったけど。
寝ているエヴァンの唇にキスをした。
「うーん、ラルフ。愛してるよ……」
わかってるさ。さみしそうにアーロンは笑った。
そっとベッドを抜け出すとシャツをはおってリビングに出た。
「おはよう」
とラルフが迎えた。
ラルフは眠れたわけないよね。
でも大丈夫、僕は決してあなたを悲しませないってエヴァンと約束したよ。
「おはよう、ゆうべはありがとう」
と言いながらアーロンはラルフにハグした。
「そうそう、バネッサがものすごく機嫌悪いわよ。覚悟しておいてね」
ソファーにうつ伏せになったアーロンの背中の湿布を取り替えながらラルフが言った。
湿布の臭いがエヴァンの残り香を消してくれてて良かったと正直、ラルフは思った。




