悪魔再来
まるでデジャヴだな、と翌朝遅くに目覚めたエヴァンは思った。
悪魔娘バネッサに関わった時とまるで同じじゃないか。善良な小市民の僕は振り回されて疲れ果てた。
ただあの時と違うのは恋人の部屋にいるのは悪魔であることは同じだが女ではない。
まさかと思うけど、まさかアーロンが突然TOPに変身ってことはないよな。あの魅力的なラルフを前にしてケダモノになるってことないよな?
そんなことしてみろ、100%殺す!
ラルフのスケジュールをチェックしたら午後イチで法廷だった。ラルフの顔を見たい。
本当に、どれだけ惚れているんだエヴァン・ギルバートは。今日は仕事なんて手につかない。
自称小説家、ゲイのフリーター、セックス依存症で弁護士のひも。あれ? なんか自虐の肩書きが一個増えたような。とにかくラルフに会いに行こう。
傍聴席に着席したエヴァンは離れた席に悪魔を見つけた。なんであいつまで来ているんだ。顔の痣を隠すためかパーカーのフードを目深にかぶったアーロンのその横顔はやっぱり美しく、なぜか神聖にさえ見えた。悪魔というより堕天使かもな。
法廷でのラルフはあいかわらず颯爽としていた。今夜は悪魔をクローゼットかバスルームに閉じ込めてでもラルフを抱こう。この前のスーツのままっていうシチュエーションもなかなか燃えたよな。ストレスMAXだから今夜の僕は容赦なく攻めちゃうぞ。
「ハーイ。妄想は終わった?」
気づいたらアーロンが隣にいた。閉廷していた。
「10メートル以内立ち入り禁止だ」
憮然と答えるエヴァンを無視してアーロンは
「ゆうべのラルフとのこと聞きたい?」
と挑発的に続けた。エヴァンが答えないでいると
「真っ裸にされたよ」
場合によっては殺すぞ、てめえ。
「真っ裸にされて全身にお薬塗ってもらって湿布を取り替えてもらいました、以上」
そしてあなたの恋人はぽろぽろ泣きながら僕を抱きしめてくれました、と心の中で続けた。
「なんでついてくるんだよ」
裁判所を出たエヴァンはアーロンに聞いた。
「ラルフがきっとあんたが傍聴に来るだろうから一緒に帰ってきなさいって。コーヒーくらいおごるよ」
「汚い金でコーヒーなんかおごって欲しくない」
「労働の正当な報酬だよ」
いつものコーヒーショップにふたりは入った。店内の視線が一瞬アーロンに注がれるのがわかった。そしてみんな目をそらした。アーロンは慣れているのかいつもどおり不敵な笑いを浮かべていた。
「それにしてもあんたの恋人はおもしろいね」
と言いながらコーヒーを飲んだアーロンは顔をしかめた。口の中の裂傷はまだ癒えていないらしい。
「そんなにおもしろかったか? ひどく傷つけてくれたくせに」
一瞬、アーロンの顔が曇ったがすぐにまた元の調子に戻って
「貫通するとか、おもしろすぎるよ。それにカブトムシってなに? 意味わかんないんだけど」
「ふたりだけの秘密のキーワードだから教えない」
アーロンは肩をすくめた。そして話を変えてきた。
「それにしても法廷でのラルフはイカしてたね」
「そうだよ。大切な自慢の恋人だ。それよりなんで傍聴席にいたんだ?」
「ロースクールを目指していたって話をしたらラルフが見学に来ればって。家に置いとくのが心配だったんだろうけど。逃げ出すとか」
「Y大学のロースクールなんて少数精鋭の、ロースクールの中でも最高峰じゃないか」
「僕は顔と頭脳は決して悪くない。悪いのは性格、それも超がつくらしい」
「正しい自己分析だ。でもロースクールはあきらめたのか?」
「あきらめたわけじゃない。すべて休学中」
「休学してまでやる価値あるとは思えないけどな、その仕事。むなしくないのか?」
「むなしい? とんでもない。行為の最中ほど自分の存在価値を認識できる瞬間はないね。相手に必要とされているし愛されている」
アーロンの言うことはわからなくはない。ラルフに出会うまでのエヴァンもそんな感じだった。ゲイの恋愛なんて虚しくて刹那的なものだと思っていた。
いったい何人の恋人を抱いて簡単に捨ててきたことか。相手に泣きつかれても心も痛まなかった。
「そして必要とされて愛された後にショッピングモールの駐車場に遺棄されるわけだ、血だらけで。死体かと思ったよ」
「相手が変態のクソ野郎だった、見抜けなかった自分も悪いんだけど。ところでエヴァン」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
「病院に連れて行ってもらった借りもあるし治療費もかなりだったろ? そこの公園のトイレでどう? サービスするよ」
「お前となんかやるくらいなら、どっかの部族みたいに大地に射精したほうがマシだ」
「あんたたち、本当におもしろいカップルだね。貫通されるのも悪くないと思ったのに」
初めて素で笑ったアーロンは実年齢よりずっと若く見えた。
「で、これからどうするんだ?」
エヴァンがたずねた。
「しばらくあんたの恋人んとこに居候する。居心地いいからね。食事はうまいし。法律の専門書もたくさんあるから退屈しない。あ、でも弁護士のひもがふたりになっちゃうね」
「ひとつだけ約束してくれないか?」
エヴァンが真顔で言った。
「ラルフに手を出すなって? あはは、それはわかんないね。恋愛は自由だし」
「まじめに聞いてくれ。ラルフを絶対泣かさないで欲しいんだ」
エヴァンの真剣な目に気圧されてちょっとアーロンもひるんだ。
「わかったよ。バカバカしいほど真剣すぎて見てるとこっちが疲れる」
と続けた。
「お前を見てるとむかしの自分を見ているようで虚しくなるよ」
とエヴァンも返した。
車でアーロンをラルフの部屋まで送った。
「あれ? 寄っていかないの? 傍聴席ではラルフとやる気満々だったじゃないか?」
「もう萎えた」
「じゃあ3人でやる?」
「お前とやるくらいなら大地と交わって通報された方がマシだって言ったろ。じゃ」
「あははは、おもしろい!」
ムカつくほどさわやかなアーロンの笑顔に見送られて車を発進させたエヴァンだった。
家に着いたらラルフから電話があった。
「どうして帰っちゃったの? 今日はみんなで夕食を食べようと思って食材いっぱい買ってきたのよ」
「全部あいつに食わしてやってくれ。一日も早く元気にしてとっとと追い出してくれ」
エヴァンの中で三大欲求の順位がかわりつつあった。ゴール直前の性欲が途中棄権、睡眠欲がラストスパートをかけて食欲を引き離した。永遠に眠りたい気分だった。
「そうそう、うれしいニュースがあるの」
「エクソシストでも雇ったのかい?」
「もう! ふざけないで聞いてよ。明日バネッサがやってくるのよ」
職業別電話帳に「エクソシスト」の項目はあるのかな? と本気でエヴァンは思った。




