アーロン 3
ドアチャイムが鳴った。もうどうにでもなれ。エヴァンはドアを開けた。
両手いっぱいに食品が詰まった紙袋を抱えたラルフがリビングで悲鳴をあげた。
「キャーーーーーーーー! なんでアーロンがいるの! しかも裸で!」
「え?」
エヴァンが振り返るとさっきまでソファーに横たわっていたアーロンが全裸でニヤニヤ笑って座っていた。
「お前な! わざと急いで服脱いだだろ!」
「違うよ。この人に無理やり脱がされた」
「てめえ!」
育ちのいいエヴァンくんもさすがにキレた。
「暴力はいけないわ」
殴りかかりそうな勢いのエヴァンを制したラルフは悲しそうな目でアーロンの痩せた全身に残る暴行のあとを見た。
「とにかく何か食べないと傷だって治癒しないわよ」
と言いながらエヴァンのバスローブをアーロンの肩にかけた。そして
「エヴァンへの尋問はそのあとよ」
とつけ加えてキッチンに向かった。
エヴァンはアーロンを睨んだ。アーロンは痣の残る顔に不敵な笑みをうかべた。
その時エヴァンの脳裏にふとバネッサの悪魔な笑顔が蘇った。また魔界から次なる刺客が送られてきたのか?
ラルフが作った病人食はやさしい薄味でほどよく冷ましてあった。そういう気遣いはさすがだとエヴァンは感心した。
それでも口をつけようとしないアーロンにラルフは言った。
「あなた、人の恋人を寝取るつもりならちゃんと食べなさいよ。そんな薄っぺらな体だったらエヴァンの激しい行為を受け入れることなんてできないわよ。貫通しちゃうわよ。カブトムシのメスみたいになっても知らないわよ!」
「だから僕は人道的な親切心からケガ人を放っておけなかっただけだってば!」
むなしく反論したエヴァンだった。そしてため息とともにつぶやいた。
「まさか悪魔を拾うなんて思わなかった」
アーロンがスプーンを手にした。
「痛っ」
スープを一口飲んだとたん顔をしかめたアーロンにラルフが心配そうに言った。
「大丈夫?ゆっくり食べなさい、あとで少し話を聞かせてもらうわね」
長い時間をかけてアーロンは出された食事を残さず食べた。
「まず名前と年齢を証明するもの見せて」
ラルフがたずねた。
「持ってない」
「あなたが未成年だったらしかるべき措置をとらなきゃならないのよ。ましてやさっきみたいに性的暴力を受けたみたいなこと言われたらアタシたちが窮地に立たされることくらいわかるでしょ?」
アーロンは小さく肩をすくめると脱ぎ捨ててあるパンツのポケットからIDカードを取り出してラルフに手渡した。
「あら!」
驚いたラルフは学生を証明するIDカードをエヴァンにも見せた。
『アーロン・ハイリネン Y大学教養学部。生年月日から年齢は21』
カルテに記載されていた名前が意外にも本名だったことにエヴァンは驚いた。
それよりも名門Y大学の学生だったとは。
「オーケイ、未成年じゃないことはわかったわ。今、大学は?」
IDカードを返しながらラルフがたずねた。
「休学中」
「大学休学して男娼してるの? いいバイトとは言えないわね」
「けっこう楽しいよ。ファーストフードの店のバイトなんかより全然金になるしさ。
僕みたいなアルビノはレアだからキワモノ好きな変態オヤジが高い金払うんだよ」
「恥を知りなさいよ」
ラルフがいきなり立ち上がり食器を持ってキッチンに向かいながら
「男娼してることより、自分の肌の色を蔑むことの方が恥よ」
と言い捨てた。
「あんたの恋人怒らせた?」
ちょっと気まずそうにアーロンがエヴァンにたずねた。
「かなりね。怒ったというより悲しませた。ほらね」
キッチンからラルフの嗚咽がもれてきた。
「ラルフを悲しませるヤツは僕も許さない」
無表情なままエヴァンもキッチンに消えた。
気持ち悪い! こっち来るなアーロン!
真っ白な肌が伝染っちゃうよ! プールに入るなよ!
接客はちょっと…… 裏方のバイトならオーケイだが。
キミはきれいだね。ビスクドールみたいな肌だ。
お金欲しいんだろ。首輪似合いそうだね?手錠もつけていいかな?
ほら、体の力を抜いて。怖くないよ。キミは僕のペットだよ。
SHIT! クソ野郎!
だけど、どうしようもない一番のクソ野郎はアーロン、お前だよ。
泣き止まないラルフをエヴァンが抱いてるキッチンにアーロンはやってきた。
服を着て残りの食器を持って
「おいしかった」
と言うと
「すみませんでした」
と続けた。
「待てよ!」
キッチンを出て行こうとするアーロンにエヴァンが声をかけた。
「どこ行くつもりだよ」
「今夜のベッドを探しに」
「その体でまたストリートに立つのかよ。ケガが治るまでここにいろ」
「それはダメ!」
と泣き顔のラルフが叫んだ。
「うちにいらっしゃい。ここにいたってご飯もろくに食べさせてもらえないわ、それにエヴァンの貞操が心配でアタシが発狂するわ!」
「婚約者を信じろ!」
「だってあなたはオスのカブトムシでしょ!」
言い合うゲイカップルはさりげなく涙を拭ったアーロンに気づかなかった。
結局、華奢な男娼アーロンは2メートルの巨人に逆らえるはずもなく抱きかかえられてエヴァンの家を出た。
それでも車に乗るときエヴァンに小さく言った。
「ありがとう」




