アーロン 2
数日後、徹夜で短い連載物を書き終えたエヴァンは仮眠する前に買い物に出かけた。ラルフの部屋を訪問する時の恋人の心づくしの手料理以外はまったくテキトーな食生活だった。それについてはいつもラルフから口うるさく注意されるのだが一向に改善する気はない。
「僕にとっての三大欲求の順位はぶっちぎりのダントツ1番が性欲、周回遅れであとのふたつ食欲と睡眠欲が続くみたいなもんだよ」
とジョークで言ったら2メートルの恋人にマジでグーで殴られそうになった。
「あなたが病気になったら悲しむ人がいっぱいいるでしょ! だったら一緒に暮らすわよ! 恋人の健康管理もパートナーの仕事よ!」
こんなふうに涙ぐんで怒られたらさすがにちょっとは反省して冷蔵庫が空になる前に食品の買い出しに出かけるようにはなった。
郊外の大型ショッピングモールで買い物を済ませて車に乗り込んだら前方に猛スピードでやってきて急停車する車が見えた。
「危ないなー、駐車場で飛ばすなよ」
あきれて見ていたら助手席から人が転がり落ちてきた。そして車はまた猛スピードで走り去った。
車で近づいたらそいつはあの白い少年、男娼のアーロンだった。めんどくさい場面に出くわしてしまったと自分の不運を嘆いた。
アーロンの透明なまでに白い顔には明らかに激しい暴行のあとが残っていた。見なかったことにしたかったが、このまま放置したことがバレたらあとで恋人にどれだけ責められるだろうか。
「おい、生きてるのか?」
アーロンは薄く目を開けて
「あぁ、この前僕をふった人か。クソ野郎にやられたよ」
と弱々しく笑った。
「どうせぼったくろうとでもしたんだろ? 自業自得だな」
「正当なサービス料の範囲だよ」
と言って血の混じった唾を吐いた。
「とにかく病院で診てもらおう」
とアーロンを抱き起こすと驚くほど軽かった。
「保険証なんてないよ」
「男娼に保険組合なんて期待してないさ」
後部座席にアーロンを放り込むと運転席に戻った。なんでこんなにいい人なのだエヴァン・ギルバートは、と自虐的につぶやいた。
そういえば子供のころ巣から落ちた小鳥のひなや傷ついた小動物を放っておけなくてよく家に持ち帰って世話してたよな。母さんに「エヴァンはなんて優しいの」って褒められたっけ。今日も褒めてくれよ、母さん。
病院では好奇の目と侮蔑のこもった目でジロジロ見られた。
『違いますよ、僕はこいつとはなんの関係もあんな関係もありませんよ、みなさん誤解しないでくださいね! 僕にはれっきとした婚約者がいるんですからね!』
と声を大にして主張したかった。そんなエヴァンにアーロンは力なくもたれかかっていた。
アーロンを診察室に運んでしばらく待合室でウトウトしていたら看護士のマッチョな黒人男性が呼びに来た。ちょっとラルフと感じが似ていてたちまち目が覚めた。
アーロンとは別の部屋に通されたエヴァンは女医にまず
「あなたたちのご関係は?」
と尋ねられた。
「通りすがりの一般市民です。本当です!」
とムキになって答えたエヴァンはデスクに置かれたカルテの名前をチラっと見た。
『アーロン・ハイリネンage 21』
「それは善良な方ですね」
と女医は笑いながら言った。
「治療にあたりHIVの即日検査を受けてもらいました。結果は陰性でした」
そういえばラルフとつき合いだしてからこの検査受けてないなーと思い出した。不特定多数とつき合っていたころは定期的に検査を受けていたエヴァンだった。
「あとは全身打撲と口内裂傷。それと摂取カロリーの不足にともなう極度の低体重も認められます」
そう言うと女医はにっこり笑ってつけ加えた。
「十分なケアをしてあげてくださいね、善良な一般市民さん」
『だから違うんだってば』と否定する気力も萎えたエヴァンだった。
「だからラルフ、そんなわけで今日はそっち行けなくなったよ」
「うん、わかったわ。もうエヴァンったらなんて優しいの!」
母さんみたいにラルフに褒められた。そして当然のようにこう続く。
「じゃあアタシがそっち行くわね。病人に栄養つけさせてあげなきゃ。買い物してから急いで行くわね」
「いや、今日は来ない方が……」
看護師のコスプレで駆けつけそうな勢いだった。ラルフ、キミ完全に看護師さんごっこを楽しむ気になってない? しかもケガして保護してるのは小鳥でも子犬でもないんだよ。
「なに言ってるの! 気の毒な病人でしょ、看病してあげましょ、一緒に」
「いや、キミのためにも来ないほうが……」
電話は切れた。




