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ep2.バス停

始まりは僕たちが生まれる前の事。


同じ産院で、出産に備えた両親教室で隣同士になった僕の両親と彼女の両親。

年齢も近く互いに初めての出産だった事と、偶然にもご近所さんに住んでいた事もあり家族ぐるみの仲になるには時間もかからなかった。



しかし、産まれてしばらく

互いに里帰りしたり互いの時間が合わず、それまでにあった交流は暫くの間途絶え会えなかったようだ。


僕が3歳になった時、市の3歳児検診で再会を果たし

改めて話がしたいとの事で僕と母は彼女の家へと向かい先ほどの経緯へとつながる。



彼女の名前は音羽ーおとはー



彼女は物心ついた時からだが

呼んでも、話しかけても返事がなく

彼女のお母さんと彼女の会話がない事に子どもながらにいつも不思議だった。


例えば僕が母にジュースが欲しいと伝える時

「ジュースちょうだいな」

と、お願いを言葉に出来る。


しかし彼女は手で自身の喉をトントンと人差し指で何かハンドサインをするのだ。

そして成立する不思議な会話。


そして、


「おとちゃん!おとちゃん!」


僕(悠太)は音羽に見せてあげたいものがあって呼んだんだ。

でも返事はない。


なんで無視するんだ。

少しむくれていると母が


「ゆう、おとちゃんの肩を優しくトントンしてあげてみて」

「なんで?」


なんでトントンなんだ?と考えてると音羽の母が

「ゆうくんにはまだお話ししてなかったね。

おとちゃんは耳が聞こえないんだ。

だから、トントンって優しく肩を叩いて欲しいな。

でも決して後ろからではなく、横からか前からがいいな…驚いちゃうからね」

と教えてくれた。




そう、彼女の生きる世界には「音」がないのだ。




僕がちゃんと理解できるにはもう少し先の事だった。


ただ、彼女とは目や、表情で会話するその風景があまりにも日常だったので耳の聞こえない世界を違和感を感じる事なく僕と彼女は小学生になった。



彼女は市街の聾学校へバスで通学するようになるが

僕は彼女がバスの時間と自分の登校時間が重なってるため毎朝バスを見送ることにした。


そこで初めて、母に手話を教えて欲しいとお願いし

少しずつだが手話を学んで行った。


朝が来る

彼女と「おはよう」と手話で挨拶

あの時驚くように食いついてきた彼女


「しゅわ、おぼえてくれたの?」



あの弾けそうな笑顔に僕は一瞬で恋に落ちたんだ。


あの笑顔が見たい

僕は手話を覚えることにのめり込んで行った。



毎朝、毎朝

幸せを感じながら手で会話する。

彼女のコロコロ変わる表情を見れる事がとにかく、幸せだった。




月日を重ねて、気が付いたら僕たちは小学六年生になっていた。



いつも通り、バスの見送りをしようと彼女と会話をしていると僕の同級生が来た。



「なぁ!お前らって、いつも二人で何話してんの?」

「手話とか面倒くさくね?」

「普通に話せないのって大変だよな」

「お前もわざわざ覚えてやってんの? 優しいねぇ」



その言い方が妙に癇に障った。

まして、彼女の前で。


「覚えたいから覚えたんだよ」

「えー、何それ。好きなの?」

「うるさい」


彼女には聞こえていない。

それなのに、彼女は僕たちの顔を見て、何かを察したようにそっと手を下ろし少し距離をとった。


「あ…」


彼女はチラッとこちらを見て、申し訳なさそうに俯いてしまった。


どうして音羽が申し訳なさそうにするんだよ、

僕が怒りが出てきてしまい彼女を見送った後学校へ走って向かい

さっきからかってきた友達と初めて喧嘩した。



「なぁ、さっきのめんどくさいってなんだよ」


「え、そのまんまの意味だけど?

お前も学校違うのになんで通訳してんの?」


「別によくね? 」


「手ぇパタパタさせて、なんか鳥みたいだよな!」


どっと笑い声が上がった。

その瞬間、胸の奥がかっと熱くなった。


「……お前ら、いい加減にしろよ」

「は? なんだよ、冗談じゃん」

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ!」


気づけば僕は、そいつの突き飛ばしていた。


「あいつのこと、何も知らないくせに笑うなよ!」

「なんだよ! お前、そんなにあいつが好きなのかよ!」

「そういう話じゃない!!おとはに!謝れ!」



声が裏返った。

何がそんなに悔しいのか、自分でもよくわからなかった。

ただ、あいつらに笑われた彼女の顔が、頭から離れなかった。



「お前らなんか、大っ嫌いだ!」

そう言って、僕は相手の上に乗って叫んだ。


そこで騒ぎを聞きつけた先生たちに止められ

その場を後にし、放課後母は呼び出され2人で帰路した。



帰り道、母は何も言わなかった。


家に着く頃ふと前を見ると彼女が心配そうな顔をしていつものバス停で立ってこちらを見つめていた。


『……どうしたの?』



頬には、いつもの柔らかい笑顔が浮かんでいる。


でも、僕の手にできた擦り傷を見つけると、彼女の表情が変わった。


『けが、したの?』


そう尋ねる小さな手。


「なんでもない」

『うそ』

「ほんとだって」



彼女は少し困ったように眉を下げ、それから僕の手をそっと取った。


『痛い?』


……なんで。



なんで君は、いつも自分のことより僕の心配ばかりするんだろう。


「痛くないよ」


僕は彼女の目を見て、ゆっくり手を動かした。


『君を笑ったから』


彼女の手が止まった。


『だから、怒った』



彼女はしばらく僕を見つめていた。

それから、少しだけ困ったように笑って、



『ありがとう』

と伝えてくれた。



その場を離れ家に入り、その晩

母と父と3人今日の話をした。


人の障害を笑うのは許せない

大切な人を守る為に怒るのはいい。

しかし、暴力はだめだ。



ごもっともな意見を言われ、僕は初めて我慢していた涙をこぼした。


「悠太が優しいのは知ってるよ、ありがとう」

母がずっと黙ってた口から溢れた言葉に、優しく包まれた温かい腕の中で僕ははじめて悔しさをこぼし泣いた。



なんで、彼女が揶揄われないといけないのだろう。



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