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10、HYDRA CHRYSALIS ―ASCENSION― ―境界を越えた時、世界は神話になる―第5章 原初帰還   作者: Nao9999


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第93話 蒼き扉

扉は、誰かが開くものだと思っていた。


違う。


本当に古い扉は、人を選ぶ。


そして選ばれた瞬間——


世界のほうが先に開き始める。

玲司の胸に刻まれた蒼い紋様は、消えなかった。


服を着ても。


水で洗っても。


指で触れても。


世界樹の葉脈に似た光だけが、鼓動のたびに淡く明滅している。


一拍。


沈黙。


一拍。


その空白だけは、相変わらず埋まらない。



AQUA-7へ戻る通路で異変は始まった。


厚い隔壁の認証灯が、玲司を見た瞬間に青く変わる。


誰も端末に触れていない。


《AUTHORITY ACCEPTED》


機械音声が流れた。


アヤが立ち止まる。


「……今の認証コード。」


管理体も眉をひそめる。


「存在しない階層だ。」


隔壁が静かに開く。


中は見覚えのない通路だった。


施設図面にない。


コンクリートではない。


壁全体が白い根で覆われている。


「隠し区画……?」


管理体は首を振った。


「違う。」


「これは——消された区画だ。」



通路の奥は、不思議なほど静かだった。


機械音がない。


換気音もない。


それでも空気は淀んでいない。


壁へ手を近づける。


白い根が、玲司の指先へゆっくりと寄ってきた。


触れない。


寸前で止まる。


まるで確かめるように。


アヤが小さく呟く。


「怖がってる。」


玲司は聞き返す。


「俺を?」


「違う。」


「傷つけることを。」


その言葉だけが妙に腑に落ちた。



通路の終点。


巨大な円形の扉が現れる。


金属ではない。


木でもない。


生きている。


表面には年輪のような模様。


その中心に、小さな窪みがあった。


玲司の胸の紋様と同じ形。


「まさか……。」


近づく。


誰も止めない。


止められなかった。


玲司が手を当てる。


冷たい。


次の瞬間。


ドクン——。


今まで空白だった鼓動の一拍が、初めて音になった。


玲司は息を呑む。


胸の奥からではない。


扉が鼓動している。



円形の扉がゆっくり開く。


風が吹く。


海の匂い。


その奥に広がっていたのは——海ではなかった。


巨大な空洞。


天井が見えない。


無数の蒼い光が宙を漂う。


星空だった。


地下なのに。


星空がある。


アヤが息を漏らす。


「綺麗……。」


その言葉の直後。


蒼い光が一つ、玲司の前へ降りてくる。


小さな粒子。


掌へ乗る。


温かい。


その瞬間、映像が流れ込んだ。


榊悠真。


まだ若い。


彼は同じ場所に立っていた。


隣には水城澪。


そして、もう一人。


顔だけが見えない人物。


三人は円形の扉を見上げている。


澪が言う。


「この扉は、閉じるためにある。」


悠真は首を振った。


「違う。」


「開き直すためだ。」


そこで映像は途切れる。


玲司は膝をついた。


息が荒い。


アヤが肩へ手を置く。


「大丈夫?」


玲司はゆっくり頷く。


「今、悠真がいた。」


管理体が静かに前へ出る。


彼は空洞の中央を見つめ、かすれた声で呟いた。


「……ここは。」


長い沈黙。


そして初めて、その場所の名を口にする。


「蒼穹保管庫。」


その瞬間。


天井いっぱいの蒼い光が、一斉に玲司へ向きを変えた。


まるで何千もの瞳が、帰還者を迎えるように。

第93話「蒼き扉」を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は玲司の「帰還の印」が初めて施設そのものを動かし、図面から消された区画「蒼穹保管庫」が姿を現しました。


榊悠真と水城澪が過去に立っていた場所、そして「この扉は開き直すためにある」という言葉。


ここから物語は、世界が隠してきた記憶そのものへ踏み込んでいきます。


次話では、蒼穹保管庫に眠る“蒼き星”の欠片が、玲司たちへ最初の試練を与えることになります。


引き続き『HYDRA CHRYSALIS ―REBIRTH―』をよろしくお願いします。

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