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10、HYDRA CHRYSALIS ―ASCENSION― ―境界を越えた時、世界は神話になる―第5章 原初帰還   作者: Nao9999


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第102話 世界最初の墓標

墓は、死者のために作られる。


そう教えられてきた。


けれど——


世界で最初の墓は、生者が二度と忘れないために建てられた。

頭蓋骨の口が開く。


ギギギ——。


骨が軋む音ではなかった。


遠い深海で氷が割れるような音。


ASTRAEA号は吸い寄せられるように進む。


舵は動かない。


帆もない。


それでも船は迷わない。


まるで帰る場所を知っているようだった。


玲司は船縁を握る。


「ここへ来たことがある。」


口が勝手に動いた。


アヤが振り向く。


「思い出したの?」


玲司は首を振る。


「違う。」


「身体が帰ろうとしてる。」


その言葉に、自分自身が震えた。



船は頭蓋骨の口内へ入る。


暗い。


潮の匂いが消える。


代わりに土の匂い。


湿った空気。


船底が静かに止まった。


衝撃はない。


誰かが受け止めたようだった。


降りる。


地面は砂ではない。


白い灰。


踏むたび、小さな光が舞う。


アヤがしゃがみ込む。


指先で灰をすくう。


「骨じゃない。」


灰は温かかった。


鼓動のように脈打っている。



洞窟の奥へ進む。


壁には無数の手形。


赤くない。


青い。


世界樹と同じ蒼。


子どもの手。


大人の手。


途中で途切れる。


最後まで残っている手形が、一つだけあった。


玲司は息を呑む。


その手形は、自分の手と同じ大きさだった。


そっと重ねる。


ぴたりと合う。


その瞬間。


壁全体が呼吸を始めた。



視界が揺れる。


玲司は立っていた。


洞窟ではない。


青空の下。


世界樹が一本だけ立つ海辺。


黒い樹はまだない。


世界が若かった。


水城澪が砂浜へ膝をついている。


その前には、小さな盛り土。


墓だった。


澪は泣いていない。


涙は枯れていた。


榊悠真が隣へ立つ。


何も言わない。


長い沈黙。


やがて澪が口を開く。


「名前を刻かないの?」


悠真は首を横に振った。


「刻めない。」


「忘れたくないから?」


悠真は静かに笑った。


「違う。」


「名前を書いた瞬間、この子は終わる。」


澪は墓へ手を添える。


「じゃあ。」


「どうするの。」


悠真は胸へ手を当てた。


「生きてる誰かが覚える。」


玲司の胸が痛む。


その痛みだけが現実だった。



視界が戻る。


玲司は壁へ手をついたまま呼吸を乱していた。


アヤが肩を支える。


「見たんだね。」


玲司は頷く。


「世界最初の墓だ。」


その言葉を口にした瞬間。


洞窟の奥で鐘が鳴った。


ゴォン——。


重い音。


一度だけ。


洞窟中の手形が蒼く光る。



奥へ進む。


巨大な空間が広がっていた。


中央には一本の墓標。


石ではない。


世界樹の根で編まれた柱。


文字はない。


ただ一本だけ。


玲司が近づく。


胸の紋様が熱を帯びる。


墓標へ触れる。


冷たい。


次の瞬間。


墓標へ、蒼い文字が浮かぶ。


《ここで最初の約束は埋められた》


その下へ、新しい文字が刻まれ始める。


玲司。


一文字目だけ。


刻まれた瞬間。


アヤが叫ぶ。


「離れて!」


玲司が振り向く。


墓標の影から。


ゆっくりと。


誰かが立ち上がる。


白い服。


裸足。


だが今度は子どもではない。


青年だった。


玲司と同じ顔をしていた。


青年は静かに微笑む。


「遅かった。」


その声は。


玲司自身の声だった。

第102話「世界最初の墓標」を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、頭蓋骨の島の正体が「世界最初の墓」であること、そして榊悠真と水城澪が交わした“名前を刻まない約束”を描きました。


ラストで現れたのは、子どもではなく玲司と同じ顔を持つ青年。


第89話から続いていた“もう一人の玲司”が、ついに姿を持って現れました。


【進行報告】

・現在:第5章「原初帰還」第102話

・残り8話で第5章完結

・第110話は映画一本分のクライマックスとして設計しています。


次話では、「もう一人の玲司」が初めて自らの意思で語り始めます。


引き続き『HYDRA CHRYSALIS ―REBIRTH―』をよろしくお願いします。

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