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10、HYDRA CHRYSALIS ―ASCENSION― ―境界を越えた時、世界は神話になる―第5章 原初帰還   作者: Nao9999


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第100話 二つ目の鼓動

鼓動が一つなら、それは生命だ。


二つなら——


そこには、もう一つの意思がある。


そしてその二つが同じ時を刻み始めたとき、

世界は静かに選択を始める。

ドクン。


玲司の胸が鳴った。


その直後。


ドクン。


地下深くから、もう一つの鼓動が返ってきた。


船長室の空気が震える。


壁。


床。


天井。


すべてが、ごく僅かに脈動していた。


アヤが玲司の腕を掴む。


「今の……聞いた?」


「うん。」


玲司は答える。


「俺じゃない。」


二人は同時に船窓を見る。


名のない海は静かなままだった。


波もない。


風もない。


それなのに、遠くの水面だけがゆっくり持ち上がっていく。


まるで。


海の下で誰かが立ち上がろうとしているように。



机の上。


榊悠真の私記がひとりでに開いた。


最後のページ。


さっきまで何もなかった場所に、文字が浮かぶ。


一文字。


また一文字。


《二つ目を探すな》


玲司の目が止まる。


アヤが続けて読む。


「《二つ目は、お前を探している》……。」


文字はそこで止まった。


玲司は黙る。


胸の紋様が熱い。


ドクン。


ドクン。


さっきまで不規則だった空白が消えている。


一拍。


二拍。


また一拍。


初めて、自分の鼓動が普通に続いている。


その代わり。


海の底から返ってくる鼓動も、同じ速度になっていた。



突然。


船長室の壁が青く光る。


そこへ古い映像が浮かび上がった。


榊悠真。


水城澪。


そして、見覚えのない少女。


三人は黒い海の前に立っている。


澪が言う。


「二つを近づけたら、戻れなくなる。」


悠真は答えない。


少女だけが玲司のいる方向を見ていた。


まだ生まれていないはずの未来を見ているような目だった。


そして。


少女が一言だけ呟く。


「この人が、最後まで忘れなければ。」


映像が止まる。


玲司は息を呑んだ。


「この人って……。」


映像の中の少女が、ゆっくりこちらを指差した。


玲司。


アヤが顔を強張らせる。


「待って。」


玲司も気づく。


少女が指差しているのは。


自分ではない。


自分の後ろだった。



振り返る。


誰もいない。


ただ。


船長室の扉だけが開いている。


その向こう。


廊下の暗闇に、誰かが立っていた。


白い服。


裸足。


子ども。


第89話から何度も現れていた姿。


今度だけは。


逃げなかった。


玲司を見つめている。


その顔は、やはり思い出せない。


けれど玲司には分かった。


この子は、自分を知っている。


「君は……誰なんだ。」


子どもは首を横に振る。


そして自分の胸へ手を当てた。


そこに何かがあるように。


次に玲司の胸を指す。


同じ場所。


その直後。


子どもの胸から、黒い光が漏れた。


玲司の胸からは、蒼い光。


二つの光が向かい合う。


触れない。


ただ。


互いを認識した。



ドクン。


黒い光が鳴る。


ドクン。


蒼い光が返す。


世界樹と黒い樹。


二本の樹が、名のない海の向こうで同時に揺れた。


海面に巨大な円が広がる。


初めて。


波紋が外へ向かって進んだ。


世界へ。


その瞬間、遠く離れたAQUA-7でも同じ現象が起こる。


EVEのカプセルが揺れる。


眠っていた少女の目が開く。


完全に。


初めて。


その瞳は蒼く輝いていた。


管理体が息を呑む。


「EVE……?」


少女はゆっくり口を開く。


声は小さい。


それでも。


施設全体へ届いた。


「まだ……起こさないで。」


管理体が凍る。


「誰を?」


EVEは答える。


ただ。


涙を一滴だけ流した。


そして。


遠くを見るように呟く。


「帰ってきたから。」



名のない海。


玲司は子どもを見つめる。


一歩。


子どもが近づく。


そして。


初めて笑った。


「やっと。」


その声は、どこか懐かしかった。


「同じ鼓動になったね。」


その瞬間。


玲司の中で、何かが目を覚ました。

第100話「二つ目の鼓動」を読んでいただき、ありがとうございます。


第5章「原初帰還」も、ついに第100話へ到達しました。


今回は、これまで繰り返し描いてきた「空白の鼓動」が一つの転換点を迎えました。


玲司の中にある蒼い鼓動。


そして、それに応える二つ目の鼓動。


さらに、世界樹と対を成す黒い樹、玲司を見続けていた子ども、そして初めて目を開けたEVE。


まだ正体も目的も明かしていません。


ただ一つ確かなのは、今まで別々に見えていた出来事が、同じ場所へ向かい始めたということです。


第101話からは、「二つの鼓動」が何を意味するのかを、少しずつ掘り下げていきます。


『HYDRA CHRYSALIS ―REBIRTH―』は、ここからさらに深い場所へ進みます。

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