第71話:マブからの依頼
ゴードンこと剛田呑平とは、街でたまたま出会ったあの日から、いくども交流を重ねていた。
ダンジョン探索終わりに剛田と飲みに行く。
それはもう藤増誠という人間の日常の一部となりつつあった。
その日も剛田に誘われた。
ただ少しだけ違和感があった。どこがどう違うのかと聞かれると、答えられないような僅かな違和感。その日の電話には、それがあった。その上、飯を奢ってくれるという。
当然、行かない理由はないので誠はそれを快諾した。
場所はさびれた街中華「珍萬亭」。誠たちが学生の頃から行っていた店だ。
「うわぁ、懐かしいなぁ。店主、変わってない?」
「いや、まだあの糞ジジイが鍋振ってるよ。何1つとして変わっちゃいねぇ。変わったのは年食った俺たちだけだ」
店に入ると漂ってきたのはジャンクな油と煙草のにおい。
そう、この店には分煙という概念がない。ここは今どき珍しい全席喫煙オーケーの飲食店なのだ。
そのせいか壁紙はぼろぼろで、黄ばんだそれはところどころめくれ上がっている。衛生状態は最悪に見えた。しかし料理は絶品なのだ。
「ま、ほぼ味の素の味だけどな」
「どこの中華だって大体そうだろ」
「違いねぇ」
と剛田は微笑し、さっそく煙草に火を付ける。
「そろそろ禁煙したらどうだ? 今時コスパ悪いぞ、煙草は。コンビニで値段見て俺、驚いちゃったよ」
「15年前から見りゃそうだろうな。ほぼ税金を吸ってるようなもんだ」
剛田の口調は変わらない。いつも通りの感じがする。
運ばれて来た炒飯と餃子に誠はさっそく手を付けた。
ああ、本当に変わってない。
15年前のあの味だ。
軽い感動を味わいながら誠はビールをぐびっとあおった。
15年前には頼めなかったものだ。
それを今、ここで飲んでいることに誠は奇妙な感覚を覚えた。
カウンター席で飯を食いながら、誠は最近、麗亜たちとダンジョンランドに行ってきたことを話す。剛田はかなり驚いていた。
「どんな魔法を使った、お前? あいつをそんなとこへ連れてくなんて」
「別に、誘ったら普通に来たよ」
「さてはお前、たらしこんだだろ?」
「人聞きの悪い言い方するな」
「何か弱みでも握ったか?」
「だから変なこと言うなって」
なんて、たわいのないことを親友だから話し合える。剛田は煙草の煙を吐いた。
しばらくの間、無言の時間が2人の間に訪れた。
「なあゴードン、そろそろ話せ」
しかし誠は、そう切り出す。
「なんのことだ?」
「とぼけんなって。お前が飯屋で酒頼まないなんて、これまで一度もなかったろ」
「禁酒しろって言われてんだ、嫁に」
「嘘、下手くそだな」
「お互い様だろ」
確かにそれはそうである。
しかし誠は笑ったりはせず、隣に座る親友の目をじっと見た。
「とりあえず話せ。何があった?」
そう聞くと剛田は煙草を灰皿に押し付け「ウソリーダンジョンって知ってるか?」と逆質問してくる。
「いや、知らない。どんなとこだ?」
「青森にあるダンジョンでな。アンデッドモンスターが出ることで知られてる。よくある変性型ダンジョンさ。深層踏破者も少なくねぇ。割と初心者向けのダンジョンだった」
「だった、というのは?」
「2ヶ月ぐらい前から急に様子がおかしくなった。失踪者が続出したんだよ。それも低ランカーじゃねぇ。むしろA級以上のハイランカーが次々、姿を消したんだ」
剛田は新しい煙草を取り出し、火を付けた。彼は貧乏揺すりをしていた。明らかに少し動揺している。
「大規模な隊が組まれて、行方不明者の捜索が行われた。けど、逆効果だった。ミイラ取りがミイラになるってやつだ。失踪者を探しに来た探索者が失踪する。そんな展開が3度も起きたんだ」
剛田はスマホを取り出すと、そこに少女の写真を映し出した。
「剛田夢芽、俺の義娘だ。同時に俺の弟子でもある」
「ゴードン、まさか……」
「ああ、そうだ。夢芽は第4次捜索隊に加わった。でもって行方不明になった」
「いつからだ?」
「配信が途切れたのは3日前だ。他のパーティメンバーを含めて、誰とも連絡が取れてねぇ」
剛田はまるで溜息のように、はあっ、と煙を吐き出した。
しばし沈黙が訪れる。
先にそれを破ったのは誠だった。
「3日間、待ってくれないか? 準備にちょっと時間がかかる」
「おい、まだなんも言ってねぇぞ」
「けど今日、俺をここに呼んだのは、つまりはそういうことだろう?」
剛田はしばらく黙った後、おもむろに頷いた。
「拒否権はあるし、無理強いもしねぇ。それでも行ってくれるのか?」
「お前が逆の立場ならどうしたと思う」
「もちろん行くに決まってる」
「まあ、ようするに、そういうことだよ。遠慮するような仲じゃないってことだ」
「トーマス……いや、誠。本当は俺も行きたいんだ。でも、この腕じゃ……」
「わかってる。お前は臆病者じゃない。そのことを、俺は知ってるよ」
誠がおだやかな口調で言うと、剛田はぎゅっと唇を噛んだ。
「すまねぇ、誠。もしも義娘を助けてくれたら、全財産をお前に払うよ」
「馬鹿。そんなものはいらないよ。代わりに、今日みたく飯奢れ。俺の仲間たち全員にな」
そう言い、誠はビールのジョッキを傾ける。
頭を下げる親友に「顔上げろって」と彼は言った。f




