第70話:〝楽しむ修行〟の終わり
「うおォン! 今のウチはまるで人間火力発電所ッス!」
場所はホテルの1階レストラン。
先にテーブルに着いていた朝香は、食べ放題という文字に釣られ、朝っぱらからありえない量のご飯やおかずを掻き込んでいた。
「いや、そこまでして食べないでも……」
「どうせなら元を取りたいッス!」
「元々タダでもらった券なんだから元を取るも何もないんじゃないの?」
「甘い、甘いッス、誠さん! そういう時こそたくさん食えっていうのが、母さんからの教えッス!」
はふはふとご飯を頬張る朝香に誠はやれやれと肩をすくめてみせた。何をやるにもエネルギッシュな子だ。まあ成長期の彼女には、これぐらいの食欲がある方がいいのかもしれないが……
と、ふいに、誠は前に座る麗亜が自分の顔をじっと見ていることに気が付いた。
「どうしたの? 俺の顔になんか付いてるかい?」
「いえ、なにもっ!」
別におかしな会話じゃない。
だが麗亜は顔を赤くして、髪の毛をいじり始めたのだった。
それを見て他のメンバーがにやにやしている……もしかして、これは、いじめ的なやつか?
そのことを隣に座る陽菜に小声でささやきかけると「ううん、違うよ」と彼女は答えた。
「昨日、お風呂で色々あって、おじさんを意識しちゃってるんだ」
「色々って?」
「それは……」
「陽菜さんっ!」
ガタンと椅子から麗亜が立ち上がる。
それ以上、陽菜は何も言わなかった。「ごめんね、イジりすぎたね」と彼女は素直に謝罪する。
よくわからないがイジメとかではないようだった。
とはいえ麗亜は不器用な子だ。また何かトラブルに巻き込まれる可能性は十分ある。大人として、それは防がなけれならない。
「麗亜あのさ、パーティ内でもパーティ外でも。何かあったら俺にすぐ言ってくれ。できる範囲ではあるけれど、協力は惜しまないからさ」
誠は真面目な口調で言った。
すると、どういうわけか「そういうところがズルいのよっ!」と、麗亜にずびしと指差されてしまう。
え、俺? 俺が何かしたの? と女子たちの顔を見回す誠。
「やっぱ、おじさんは罪な男だねぇ」
姪っ子はそんな叔父の肩を訳知り顔でぽんぽん叩いた。
その後、一行は昨日に引き続きパークのアトラクションを回った。
朝香が性懲りもなく再度絶叫マシンにトライし、朝飯を逆流しかけるというハプニングはあったが、それ以外は十分楽しめた。2日間でパーク内の主要なアトラクションは網羅できたといっていい。
そうして夕日が沈む中、一行は最後のアトラクションに観覧車を選択した。
あっという間の2日間だった。
地面から高くなってゆくゴンドラの中で6人はそれぞれの思いにひたる。
「いやぁ、めちゃくちゃ楽しかったッス!」
「あーしもそこそこ楽しめたかな」
「また来たいですね」
「そうだねぇ。もしまた協会案件があったら、ついでにチケットおねだりしちゃおっか」
女3人寄れば姦しいというが、5人もいればなおさらだった。
ただ麗亜だけが無言だった。
彼女は夕日を頬に浴びながら何かを思っているらしい。
「どうだった、麗亜? 楽しめた?」
そこで誠が話しかける。
すると彼女は頷いた。
「前に修学旅行で来た時は、その、あまりよくない扱いを受けてたから、全然楽しくなかったわ。でも、今回は……」
「楽しめた?」
「ええ。楽しむことも修行だっていう師匠の言葉、ちょっとわかった気がするわ」
麗亜は口元を緩めていた。
すると陽菜、すかさずハンディを取り出し彼女の顔を撮ろうとする。
「ちょっと、やめてよ」
「いいじゃん、いいじゃん。麗亜ちゃんすごい、いい顔してるよ。サムネこっちでもいいかもね」
「いや、やっぱ朝香のアヘ顔っしょ」
「それは忘れるッス!」
脇腹を肘でつき煽ってくる絵麻をムキーッと朝香は威嚇する。
いやはや、本当に姦しい。
誠はスマホを取り出すと「記念撮影しよう」と言った。
「わたし顔出しはNGなんだけど」
「動画に使うやつじゃなくて、あくまでもプライベートなやつだよ」
「なら、おじさんもいっしょに撮ろうよ」
「いや、俺はいいよ。おじさんだし」
「まあ、そう堅いことを言わず」
そう言うと陽菜はバッグから伸縮する棒を取り出した。
「おじさん、令和の世界にはセルカ棒ってのがあるんだよ」
「あ、それ知ってる。自分を撮るやつ。はいチーズって言えばいいの?」
「おじさん、割と死語だよそれ」
「じゃあ今の子はなんて言うの?」
「普通に〝撮るよ~〟とかかなぁ」
陽菜の味気ない答えを聞き、なんだかなぁ、と誠は思った。だがお手軽なスマホカメラが普及した現代では、そのぐらいが自然なのかもしれない。
すると朝香が挙手をする。
「〝はい、シーカー〟って言うのはどうスか?」
「お、いいね、なんかそれっぽい。みんな、こっち側に集まって。わたしが言うね――はい、シーカー」
誠たちはそれぞれピースなど、おのおのが自由にポーズをとった。そうして撮られた写真はたちまちグループLINEで共有される。すごい時代になったものだ。
誠は送られてきた写真を見て微笑んだ。
金のスライムを倒しても、億万長者にはなれなかった。けれど、その代わりに得たこの一枚は、金額など付けられないものに思えた。
誠はスマホから顔を上げ、オレンジ色に染まった空を静かに見やった。




