第7話:パルプンの宝箱
さて、それから……
誠は剣で敵を薙ぎ払い、ゴブリンだろうと、オークだろうと、中ボスクラスのレッサーデーモンだろうと、皆、肉片に変えていった。
(ま、今日はこんなところかな)
突如、湧いて出たスケルトンの群れ。
誠は一切動じずに、それらをバラバラに切り刻むと、近くで腰を抜かしている初心者らしき若いシーカーにぺこりと会釈して、すたすたと来た道を戻って行った。
今日の夕飯は何にしよう?
コンビニ弁当って意外と高いんだよなあ……
などと呑気な考えを浮かべながら、とぼとぼと帰路につく元勇者。
正直、ここで出るモンスターは素手でも倒せてしまえそうだ。
しかし誠は慢心せず、剣を持ったままダンジョンの出口に向かったのだった。
(ま、カップ麺か何かでいいか)
誠は心中で結論付けた。
そうして夕日の差し込む出口に足を向かわせようとする。
そんな時だった。
甲高い声を上げながら、突如、若い男が侵入してくる。そいつの背中を追うように、ドローン型の配信カメラがそのすぐ後ろを付いて来ていた。
「プンプン、アミーゴ! YouTube! ぱんどら☆TVのぉ〜〝ぱん君〟でぃす! 今回はっ、夜使市にあるダンジョンでぇ〜! いつもの〝お楽しみ〟しちゃおうと思いまぁす! ウェ〜イ! フゥゥゥ〜!」
よくも悪くもそいつの声は、辺り一帯に響き渡る、よく通る声だった。誠のドローンカメラから『げっ』という声がする。
『……おじさん、あれ有名な配信者だよ』
「人気があるの?」
「悪い意味でね。色んなところで騒ぎを起こして毎回、注意されてるの。いわゆる〝迷惑系〟ってやつ」
普段から、ややダウナーぎみな陽菜の声には露骨な嫌悪が浮かんでいた。
そいつはサングラスに、後ろ向きに被ったキャップ、派手な色をしたパーカーというダンジョンには似つかわしくない格好をしていて、とても探索に来たようには思えない。
「さて、今回のお楽しみぃ〜! それはですねぇ、ななななんと! このダンジョンにある、いわくつきの宝箱を開けちゃう企画でぇ〜ございまぁす! 開けたら出禁だそうですが、人間ダメって言われると返ってやりたくなっちゃいますよねぇ! ってなわけでぇ〜! その宝箱っ、さっそく開封したいと思いまぁす!」
出口に向かいかけていた誠の足が、その言葉を聞き、ピタリと止まった。
『どうしたの、おじさん?』
「……パルプンの宝箱って知ってるか?」
『知ってるよ。有名だもの』
「あいつ、まさかそれを開ける気なんじゃないか?」
誠は疑念を口にした。
――パルプンの宝箱。
このダンジョンの表層には、そんな名前で知られている、開けてはならない宝箱が存在する。
その性質を端的に言い表すなら「開けると何かが起きる箱」だ。
それを開けた時、何が起きるかは本当に誰にもわからない。
ある時は1匹のスライムがぽとりと降って来たこともある。また、ある時は周囲のシーカーたちの装備が入れ替わるという事態が起きた。
直近の開封で悪名高い事例としては、深層にしか生息しえない伝説級のボスモンスターが初心者の多い表層に召喚されたことなどが挙げられる。
なんなせよ、ろくなことは起こらない。
このダンジョンに入る際、毎回、写真付きの誓約書に「これには絶対触れない」というサインをさせられるのは、そんな積み重ねがあったからだ。
「さぁて、お目当ての宝箱はどこかなぁ〜? どうもランダムで転移するっぽいんで、決まった場所とかはなさげな感じだけど……おっ、あれかな!? うん、多分あれだ! ご丁寧にロープまで張ってありまぁす! 立ち入り禁止って書いてありますねぇ〜! でも、だけど、あえて? あえてですよ? それを踏み越えてしまうのがぁ、ご存じ、ぱん君なんだよなぁ〜!」
迷惑系のYouTuberは、そう言いながら、なんのためらいもなくロープの奥へと進んでゆく。
その時、誠は駆け足になって、その行動を止めようとした。
「君、いい年して何してるんだよ」
ロープの前に辿り着いた彼は、呆れた視線を相手に向けた。
「おおっと、これはぁ〜! おっかないおじさんの登場だぁ〜! 正義マン!? ねぇ正義マン的なアレですかぁ!?」
「そういうんじゃない。でも、危ないからよせ」
「やめないと言ったら?」
「そうだなあ……うっかり手が滑って、この剣を君に投げちゃうかも」
誠は剣を構えながら言った。
『まずいよ、おじさん!』と陽菜の声。
彼女の意見はもっともだった。シーカー同士の戦闘は、基本的にどこのダンジョンでも御法度とされているからだ。
「はぁ〜、めんどぉ〜。わかったよ。わかったってば、おじさん。ここから出たらいいんでしょ? まったく、本当つまんないなぁ〜」
武器を持たない迷惑系は、お手上げとばかりに両手を上げた。
「あー、でもさぁ、せめてサムネ用に1枚写真を撮らせてよ。それぐらいなら、別にいいっしょ?」
若い男はそう言うと、ドローンにピースサインを向けた。
誠はひとまず警戒を解き、剣をストレージに格納する――が、しかし、これが間違いだった。
「〜〜っとぉ、見せかけてぇ〜!」
ふいに、そう叫んだ迷惑系は、機敏な動作で膝をつき、宝箱にぽんと手を置いたのだ。直後トラップが作動して、中身が空の宝箱が自動的にパカッと口を開ける。
(~~っ! あんにゃろうっ!)
誠は目の前の迷惑系を、思わずぶん殴りたい衝動にかられた。
ところが彼はそうはせず、冷静に周囲を見回して、起こるであろう異変に備える。
数秒が過ぎ、10秒が過ぎた。
そこからさらに10秒経つが、それでも何も起こらない。
「ん〜? あれれ〜? おかしいなぁ〜? 確かに開けたはずなのに、なぁんも起きる気配なしぃ〜?」
男は心底つまらなさそうに、やれやれと肩をすくめてみせた。
もしかして、これはスカなのか?
「何も起きない」が、起きたのだろうか?
なんていうことを誠が考えた瞬間。
突如、轟音が鳴り響き、地面が波打つように揺れ始めた。
「や、やばいっ!」
これまでのダンジョン経験から、一体、何が起きたかを直感的に悟った誠は、全身に魔力の闘気を纏い、これから起こることへの対策をした。
辺り一帯に悲鳴が響く。
怒号のような地鳴りの音が、その音を掻き消さんとする。
誠は闘気を維持し続けた。
吐きそうになるほどの揺れの後、やがてふわりと浮遊感があり――
~~ッ! まずいっ、落ちるっ!
彼の予感は的中した。
周囲の地面に亀裂が入り、ひっくり返したパズルのように、ばらばらに崩れ去ってゆき、
『〜〜〜ッ! おじさんっっっ!』
陽菜の悲鳴が木霊した。
亀裂が足元に到着した時、無慈悲な重力に引かれた誠は、まるで巨大な怪物の口に呑まれるように奈落の底へと堕ちたのだった。




