第65話:毒返し(序盤ヒロイン視点)
リーダーである誠の指示を受け、表層に向けて逃げた4人。ちなみに小鈴は朝香に担がれて進んだ。彼女がひとりで走るより、その方が速いからである。
こうして彼女たちは一応の安全地帯である表層に辿り着く。しかし彼女たちは誰ひとりとしてしばらく口を開かなかった。
ただ、ややあって小鈴がこんなことを言う。本当にこれでよかったのか、と。
「確かに敵は強力に思えました。でも、だからってお師様を置いて逃げ帰ってもよかったのでしょうか?」
「小鈴ちゃん、それを言っちゃうッスか? そんなこと言ったら本当はウチだって……」
朝香の言葉を遮るように絵麻が「あんね」と言葉を割り込ませる。
「マコトをなんだと思ってんの? 異世界に行った本物の勇者だし」
「ですが……」
「ですがじゃないっての。あーしらがいたら足手まとい。そう判断しての命令だし」
「言い方は悪いけど、その通りよ。新参者のわたしが言うのもなんだけど、彼は賢くて、優しくて、そして誰よりも強い人よ」
「わかってんじゃん、ウマ娘。今のあーしらに、できることはない。強いてできることがあるとすれば、やっぱり戻ろうなんて馬鹿な選択をせずにここに留まり続けること。それだけだし」
「……そうですね」
「その通りッス! 誠さんは絶対に負けないッス!」
4人はそれぞれ頷き合った。自分たちを支えるリーダーが無事であることを祈りながら――
◆◆◆
一方、その頃、誠は死闘を繰り広げていた。
目にも止まらぬ速さの突進。
それを神業的な動きで回避して、返しに木刀を叩き込む。彼はそんな地道な作業を繰り返していた。
木刀に纏わせているのは闘気ではなく魔力だ。武器そのものは強化されていない。
だから、もしこれが本当にただの木刀だったら折れてしまっていたに違いない。
だがしかし、これはそうではなかった。ゴードンこと旧友、剛田に贈られた一点ものの品だった。
『芯にアダマントが入ってんだ。下手な真剣より丈夫だよ』
『いいのか、ゴードン? これ、お前の武器だろ?』
『いいんだよ。もう俺が使うことはねぇからな』
金属製の義手をひらひらと振って剛田は言った。ちなみに、これは誠が初めて道場を訪れた時に交わされたやり取りである。
誠は今日ほど親友に感謝した日はなかった。
芯にアダマントを使ったというその木刀は、魔力をエンチャントさせるのにこの上なく適した殴打武器だったからだ。
案の定とでもいうべきか、木刀が敵の体に触れる際、それにエンチャントしている魔力が吸収される感覚があった。
間違いない。やはり、こいつは魔力を喰っている。
コメント欄は阿鼻叫喚だった。
〝おい、トーマス何やってんだ!?〟
〝魔力で強くなる敵に魔力食わせてどうすんだ!〟
〝正気に戻れ! 死にたいのか!?〟
〝マジで錯乱してんのか!?〟
しかし誠は、その行為をやめない。
どころか木刀にエンチャントする魔力を最初よりもさらに増やしていった。
「どうだい、金スラ? 俺の魔力、美味いかい?」
無論、モンスターは答えない。
そいつは誠を完全に無視して突進モーションに入ろうとしていた。
「そろそろかな。効いてきただろ、俺の毒?」
誠は木刀から力を抜いて、その場に棒立ちになった。
コメント欄がまたしても荒れる。
〝おい来るぞ、避けろ!〟
〝諦めたんか!?〟
〝マジでこのまま死ぬのか、お前!?〟
誠は無言で首を振った。
諦める? まさか、とんでもない。むしろ誠は生き残るために最善の策をとっていた。
スライムが突進攻撃を仕掛けて来る!
けれど誠は避けなかった。
なぜなら、それは誠を無視して、明後日の方向に突撃したから。
〝ファッ!? 一体、何が起きたんや!?〟
〝もしかして、これ魔力酔いか!?〟
〝↑kwsk〟
〝他人の魔力を吸収しすぎると酩酊に似た状態に陥るんや。でもって、めちゃくちゃ体に悪い〟
〝つまりはどういうことだってばよ!?〟
〝水でパンパンに膨れた風船想像してみ? あれと同じことが今、起きとる〟
恐らく、陽菜でもわからないことをコメント欄の有志は解説してくれた。
まさしく解説通りのことを誠は実際に行っていた。
弟子たちに魔力交換をする時、誠はそれを1日のうち1度だけ、数分だけしか行わない。それには、そういう理由があった。他人の魔力を取り込むことは、それそのものが大きなリスクになるからだ。
魔法として外側から受けた魔力なら、表面のバリアが分解し、防御力や運動能力へ変換できた。
だが彼はそれをしなかった。
彼は木刀という注射器を使い、発散できない魔力という毒を相手に注入し続けたのだ。
それこそ、まるで酒でも飲んだかのように、原形質が不規則に波打ち、ぶくぶくと泡を立てている。
誠はそいつから距離を取ると、再び弓を取り出した。
「レヴィン、悪いな、日に何度も。でも斬るわけにはいかないからさ。もう一度、力を貸してくれ」
言うと誠はストレージから、再び戦友の形見を取り出した。
そうして、それをきりきりと引き絞り、ありったけの魔力をこめた矢を敵に向かって発射する。
矢を受けた敵は一瞬、ビクンと震え、硬直した。
すでに魔力酔いを起こした敵のバリアは、まともに機能していなかった。矢は黄金色の体表を貫き、限界寸前の体内へ最後の魔力を直接流し込む。
「【神聖魔導結界】」
誠が魔法名を唱えるとドーム状の結界が彼の周りを覆い、無敵エリアを作り出す。
次の瞬間、パンッ、と音がして黄金色のスライムは爆散した。雨のように降り注ぐ毒の体液を透明の結界が見事に弾く。
直後、黒煙がその場に生じた。
こうして誠は無傷のままスライムの討伐に成功したのだった。




