第63話:黄金色の死
名前も知らない男からゴールドメタルスライムと思われるモンスターの情報を聞いた誠たちは、辺りを慎重に見回しながら中層に続く道を下りた。
辺りは静まり返っていた。
人間の声も、モンスターの咆哮も、ゾンビが足を引きずる音も、全く何も聞こえない。
かえって、それが不気味だった。まるでダンジョンの中から自分たち以外のあらゆるものが消し去られてしまったようだった。
事実モンスターは出なかった。
これは、おかしなことである。
通常、モンスターとの遭遇率は層を下りるほど高くなる。
だが、まるでダンジョンそのものが死んでしまったみたいに、それらが排出されないのである。
考えられる理由はいくつかあるが、誠の知識は異世界のものだ。
こちらの世界のダンジョンと同じ法則がはたらくかはわからない。そこで誠は物知りな小鈴にどう思うかを聞いてみた。
「〝徘徊型〟だと思います」
すると彼女はそう答えた。
「別名〝うろつき〟ともいいます。通常のボスはボス部屋に留まり、探索者を待ち伏せすることが多いです。ただ、この徘徊型のモンスターは、一度外に出るとそのダンジョンの層を動き回る性質があるのです。その際、ダンジョンはモンスターの排出をやめます。今回のこれもそれではないかと」
小鈴の意見はもっともだった。
例の男の証言からみても、何か強力なモンスターがこの階層にいるのは間違いない。
誠は葛藤し始めた。
この階層に仲間を連れて来たのは、失敗だったのではないのか、と。
『おじさん、前方に何かが見えるよ。なんか人っぽい形をしてる』
と、ドローンカメラから陽菜の声。
彼女が言う場所を目指すと、果たして、そこには先程の男と似た風貌の男たちが2人倒れていた。
魔力探知に引っかからない。
つまりは、もう……死んでいる。
メンバーが、ひっ、と息を飲むのが聞こえた。
そりゃそうだ。ダンジョンで人の死体を見るのは、これが初めてのはずだから。
「マコト、あーしは大丈夫。職業柄、こういうの見慣れてるし」
絵麻はひらひらと手を振った。
とはいえ他のメンバーは、そのショッキングな光景に動揺を隠しきれていないようだった。
「俺と絵麻だけで調べにいこうか?」
「いえ、お師様。わたしも行きます」
「いつか通らなきゃいけない道ッスから」
「そ、そうね。触りたくはないけれど、見ておかなきゃってわたしも思うわ」
3人はそれぞれ頷き合った。
誠と絵麻は目配せし、彼女たちを連れて現場に急行する。
正直、死体は誠にとっては、異世界で見慣れたものの1つだった。
だから躊躇なく触れるし、状態を調べることもできる。
「傷はない。でも体色が明らかに変だ」
「〝黄金色の死〟ってとこじゃんね。こいつら、どっちも黄色くなってる」
果たして、絵麻の言う通り、彼らの体は黄疸のように全身黄色くなっていた。
「毒じゃんね」と絵麻は言う。
どんなものかまでは特定できないが、確実にこれはその症状だと毒使いである彼女は語った。
「なあ、小鈴。ゴールドメタルスライムは毒の攻撃を使うのか?」
「わかりません。そもそも、そのモンスターは目撃例が非常に少なく、だからこそ幻のモンスターといわれているのです」
「このダンジョンで独自進化した可能性は?」
「十分にあると思います。徘徊型のモンスターが現地適応することは珍しいことじゃないですから」
誠はフムと顎に手をやった。
傷口のない毒殺死体、独自進化の可能性……
撤退しない理由はない。たとえ一攫千金の敵だとしても、追うのはリスクが高すぎる。
「待ってほしいッス!」
だが、そのことを皆に伝えると、朝香が食い下がってきた。
「目撃情報があるんスよ? この階層のどこかにいるはずなんス! みすみす、それを逃すんスか!?」
「朝香、確かに気持ちはわかる。俺だってレアモンスターを逃したくはないよ。でも、この死体を見ただろう?」
「それでもッス! たとえしくじった人たちがいても、止まる理由にはならないッスよ!」
朝香の態度は頑なだった。
珍しい。
普段は師である誠のいうことを必要以上に聞く彼女であったが、一体、何がこの娘をこんなに本気にさせるのだろうか?
聞くと、朝香はおもむろに自分の育った家庭の事情を語った。彼女の言うところによれば、彼女の家庭は裕福ではなく、幼い頃からひもじい思いをしてきたという。
「別に食うものに困るとか、そこまでのレベルの貧乏ではなかったッス。でも母さんはウチのために、朝から晩まで働いてたッス。それもこれも借金残して消えた父親が悪いんスけど、とにかく貧乏だったッス。ウチは母ちゃんが休んでるところ、ほとんど見ずに育ったッス」
「つまり、お母さんのためにお金がほしいと?」
「そういうことッス。協会案件や配信の分け前のおかげで、ウチの家計は潤ったッス。それでも母さんは働いてるッス。正直、見てられないんスよ。母さんはもう一生分、働いた。少なくともウチはそう思ってるッス。だから解放してあげたいッス。そのために探索者してるッス」
恐らく、それは朝香にとっては切実な願いだったのだろう。
誠の家庭は貧しくなかった。
それでも彼女の言うことは痛いぐらいに伝わった。
しかし、だからこそ、この先に進ませるわけにはいかない。
「命あっての物種だ。親孝行をしたい気持ちはすごくわかった。でも朝香、もし君が死んでしまったら、その方がずっと親不孝だよ」
誠は朝香の肩に手を置いて、そう言った。
彼女は何か言いたげにしばらく視線をさまよわせたが、やがて唇をぎゅっと噛み締めて「……わかったッス」と頷いた。
その時だった。
獣人種変異者の麗亜と小鈴。2人の耳がピンと立ち「師匠!」「お師様!」と同時に叫ぶ。
「何かがすごいスピードで近付いてきてるわ!」
「どれぐらい速い?」
「わかりませんが、多分、走っても追い付かれます」
麗亜と小鈴がそれぞれ答えた。
誠は白金を握りしめると仲間に撤退するよう言う。
「ま、誠さんはどうするんスか?」
「時間を稼ぐ」
「駄目よ、師匠! わたしたちも……っ!」
物言いをする麗亜に対し、誠は「いいから」と語気を強めて返す。
「麗亜、約束をしたはずだ。逃げろと言ったら逃げるって」
「でも、だけどっ」
「さっさと行くし! マコトがこう言うってことは、あーしらはいても邪魔ってこと。そうでしょ、マコト?」
「身も蓋もない言い方すればね」
「あーしらは引く。でも絶対に死ぬんじゃないし」
「わかってる。必ず生きて地上に戻るさ」
誠は絵麻に頷いた。
何かが燐光岩の上をずるずると這って来る音は、すでに誠の耳にも聞こえていた。




