第59話:勇者の鉄槌(前半ヒロイン視点)
「よく頑張った。よく逃げず、独りで戦った」
そう言いながら現れたのは、先日戦った因縁の相手、藤増誠その人だった。
突然の敵の介入に驚いた敵は、彼から距離を取っていた。その間に何があったのかを誠は簡潔に聞いてくる。
「最初は弱そうだったのが、急にあの姿に変貌したの」
「擬態型か。そういう敵が出ることもある」
「気を付けて。あいつ闘気が厚すぎて刃が肉に届かないの」
「まあ、そうだろうね。見ればわかるよ。じゃあ、ついでだし、そういう敵の倒し方を個人的にレッスンしようかな」
そう言うと誠はメイン武器であろう白磁様の剣をストレージにしまった。代わりに取り出されたものを見て麗亜は「え?」という声を出す。
それもそのはず、取り出されたのは普段訓練で使っているような、なんの変哲もない木刀だったからだ。
舐められている、と思ったのだろうか?
それを見たオーガプリンスは激高し「グルォォォォォォォ!」と雄たけびを上げながら、細身の男に殴りかかる。
すると男は木刀で拳を思い切り殴打した。闘気がもっとも集まった、つまりは硬い部分である。
「ギャッ!? グルォォォォォォォ!?」
だが敵の反応は予想外だった。
プリンスは打たれた右手を押さえ、その場で悶絶し始めたのだ。
「今の見えた?」
「……武器の闘気の波長をわざと変えた?」
「うん、当たり。こういう闘気頼りの敵には、このやり方が一番効くんだ。接触部分の闘気がかき乱されて、一瞬だけど穴が開く」
果たして、それは教科書には書かれていない、実践的な戦法だった。
闘気の乱れは気の乱れ。
それができない者は初心者とみなされる。
それが道場の常識だった。
しかし誠は逆をやる。
ただ、でたらめに乱すのではない。
敵の闘気を見た上で、それに合わせた闘気の強弱を彼は木刀に付与けたのだ。
次元が違う……
そう思わざるを得なかった。
その後、プリンスは逆上し、打たれた方とは逆側の手で誠に殴りかかってくるが、誠は小手に一撃を見舞い、その攻撃を無力化する。打撲をもろに受けたことで、またも悶絶するオーガ。
その後の展開は一方的だった。
オーガプリンスは蹴りや頭突きなど多彩な格闘戦術で、細身の男への反撃を試みるが、彼はそれを全て受け止める。その上でカウンター的に木刀で敵の急所を的確に打った。
もはや、それは勝負にすらなっていない。
一方的な演舞だった。
誠は何度も攻撃を続けた。
そう、明らかに麗亜のために。
彼女にそれを見せるために。
何度も打撃を食らううち、ついにプリンスの心が折れたらしい。
そいつはしゅるしゅる縮小し、最初に麗亜たちの前に現れた、あのひ弱そうな外見に戻る。
「タスケテ……タスケテ……」
そして、またもやあの演技。
騙されちゃ駄目! と麗亜は警告しようとしたが、この男にそれは不要だった。
彼はストレージに木刀をしまい、白磁の剣を取り出すと、命乞いする敵の首を容赦なくスパンと刎ねたた。
カンカンカン、とゴングが鳴る。
ボス戦、終了の合図である。
「どうかな? 少しは参考になった?」
そう言われた時、初めて麗亜は危機が去ったことを悟ったのだった。
全身の力が弛緩して、両手からカランと双剣が落ちる。
助かった。
救われた。
命の危険がなくなった。
そう理解した瞬間、彼女の涙腺から熱い液体が溢れた。
「それでいい。いいんだよ。仲間のために逃げなかったこと、それは本当に立派だった。でも、もう今後は無茶しちゃ駄目だよ。剣を置くことも、逃げることも、全然恥ずかしいことじゃない。生き残った者がここでの勝者だ」
「ひっ、ひっ……えぐっ……」
麗亜の頬につうっと涙が伝った。
誠は彼女に近付いて、その衝動が治まるまで背中をとんとん叩いてくれた。
◆◆◆
さてその後、トゥルートーマス一行は、負傷した剛田の門下生たちを治療して安全な場所まで運んでやった。
正直、赤の他人であれば、ここまでの親切はしなかったろう。
しかし彼らは紛れもない、親友ゴードンの門下生である。ゆえに誠は探索を切り上げ、彼らの護衛を務めたのだった。
数日後、彼は剛田の道場に呼び出された。
「すまねぇ、兄弟。俺の弟子たちが迷惑をかけちまった」
「いや、いいよ。頭を上げて。その後、彼らは大丈夫?」
「ああ、生きてるぜ、ピンピンしてる。全部、お前のおかげでな。まあ、その代わり、あいつらには徹底的に痛い目を見せてやったがな」
剛田は笑い、金属製の義手をぽんぽん叩いた。
なるほど〝鉄拳制裁〟か。
あれで殴られたらさぞかし痛かったろうと、思わず誠は苦笑する。
剛田によれば、今回の計画の主犯者である麗亜にはもっとも重いペナルティを課したという――破門である――「いくら、なんでもそれは重すぎじゃない?」と誠が聞くと「あいつは、もうこんな場所にいるタマじゃねぇよ」と、彼はひらひら義手を振る。
「で、麗亜の奴は今、裏にいる。なんでも、お前とサシで話がしたいらしい。つうわけで、俺は消えるぜ、兄弟」
そう言うと剛田は道場を去った。
入れ替わるように現れたのは、胴着を纏った麗亜だった。
誠はその場に座り込む。
すると彼女は正座をし、深々、頭を下げてきた。
「先日は助けていただき、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「本当に感謝しています。あなたがいなかったら、わたしは死んでた」
麗亜は頭を下げ続けた。
「顔上げて」と誠が言うと、彼女はゆっくりそうしてみせる。
改めて見ると、かなりの美少女だ。
背中までかかる紫色の髪、白黒のメンコに覆われた馬の耳。
異世界で獣人と交流してきた彼には、獣人種変異者への偏見は少しもなかった。小鈴のそれと同じように、むしろ可愛さを引き立てるパーツとして機能しているな、なんて思ってしまう。
彼女は髪と同じ色の瞳で、誠の顔をじいっと見てくる。
何か言いたげな雰囲気だった。
誠は「何?」と率直に聞く。
「あなたに頼みたいことがあるんです」
「もしかして、弟子にしてください、とか?」
「……。剛田師範から聞いてたんですか?」
「いや、流れ的にそうかなと思って。あいつ、明らかに思わせぶりだったし」
誠は頬を掻きながら言った。
親友だからこそわかることもある。剛田は弟子が不始末をしでかしたとしても、それで簡単に破門にするほど非情な男ではない。
「無論、ただでとは言いません。月謝も払わせていただきますし、荷物持ちでもなんでもやります」
「家に住み込むとか言わないの?」
「……そうした方がいいですか?」
「あ、ごめん、そういう意味じゃない。今までの弟子がそう言ってきたから、新鮮だなぁと逆に思って」
誠は麗亜の誤解をといた。
まあ、なんていうか、これが普通だよなぁと彼は苦笑する。
「弟子入りいいよ。月謝はいらない。ただしパーティに入ってもらう」
「即戦力ということでしょうか?」
「それぐらいの実力はあると思ってる」
「でも、あんなものを見せたれた後では……」
「いや、大丈夫。あいつ普通に強かったから。渡り合えてただけでも十分すごいよ。パーティ入りは問題ない。ただ2つだけ約束して」
誠は、ごほん、と咳払いして目の前にいる少女を見返す。
「まず1つ。絶対に無茶はしないでほしい。剛田から聞いたことなんだけど、君は訓練にストイックすぎて休憩が苦手だと聞いている。戦う時には戦って、休むべき時はちゃんと休む。これは徹底してほしい」
彼は「次に」と言葉を続けた。
「俺が逃げろって言ったら逃げること。たとえ仲間を置いてでも」
「でも、それは……」
「もちろん、そうならないようにはする。でも今の君を見ていると、仲間を守るうんぬん以前に、剣を置いたら死んじゃうみたいな脅迫観念がある気がするんだよね」
「そう見えますか?」
「俺にはね。詳しい事情は知らないけどさ、なんとなく君は〝剣に逃げてる〟気がするんだ。強い言葉を使ってごめん。でも今の君の戦い方には、そんな危うさがある気がするんだ」
果たして、それは麗亜にとって何かとても刺さる言葉だったらしい。
しかし誠は剣士として、その太刀筋から相手がどんな性格をしているかが、なんとなくわかってしまうのだ。
ややあって「わかりました」と麗亜は言う。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします。お師様」
「あー、その呼び方は他の弟子と被るからやめよう」
「なら、なんと呼べばいいですか?」
「普通に師匠と呼ぶのはどうかな?」
「はい、わかりました。藤増師匠」
麗亜は再び頭を下げる。
こうして誠のパーティに新たな剣士が加わった。




