第58話:獣人種変異者の闇(ヒロイン視点)
千堂麗亜は、道場の門下生3人とともにベルディアダンジョンを探索していた。
通常、門下生は師範の許可を取らない限り、自分たちだけでダンジョンに入ることを固く禁じられている。だが麗亜はその禁を破っていた。なぜなら絶対に止められるからだ。
『いいか、麗亜。人が集まりすぎたダンジョンってのはな、思わぬ牙を剥くことがある。だから絶対に行くんじゃないぜ。でないと、俺みたいになっちまうからよ』
実際に、そう言われたわけではない。
が、もしここに行くと師範に言えば、そのようなことを言われるのは確実だった。
ゆえに、やんちゃな仲間を誘って、こっそりゴールドメタルスライムが出るという、このダンジョンに向かったのである。
正直言って、驕りがあった。
今の自分の実力は隻腕の師を超えている。
今さら彼に教わることはない。入門してから1年が経ち、第二級ライセンスを取得できれば、さっさと道場を去るつもりでいた。
ゴールドメタルスライム――通称〝金スラ〟
そのドロップアイテムを売りに出せば、一生、遊んで暮らせるほどの大金が手に入るとされている。
だが実を言うと麗亜はそんなものに興味がなかった。
彼女が興味を持ったのは、それを倒すことで得られる名声。いうなれば承認欲求だった。
もし仮に、それを狩ることができれば、自分の強さ、有能さが世間に証明される。そうすれば過去のトラウマを払拭できるに違いないと思った。
そのトラウマとは中学の頃に受けたいじめのことだ。
麗亜は中学2年生の頃、その馬耳と馬尻尾、つまり外見を理由にからかわれ、ひどい屈辱を受けたのだった。
今となってはいじめの理由が単なる見た目のせいだったのか、それとも他にあったのか、詳細なことはわからない。
ただ1つだけわけるのは、それが2年以上経た今の自分にも大きな傷跡を残しているということだった。
どれだけいじめられようと、どれだけ差別を受けようと、麗亜は決して学校をサボらなかった。不登校にもならなかったのだ。
理由はいたってシンプルだった。どうして不当な扱いを受けた側が学校を離れればならないのか?
そんなプライドの高さが彼女から完全に逃げ場所を奪ってしまった。
別に学校を変えてもいい。
転校してもいいんだぞ。
親や教師から、そう言われた。
それでも麗亜は辞めなかった。
代わりに買ってきた木刀で毎日〝素振り〟をするようになった。
将来ダンジョン探索者になる。
そんな夢が彼女には芽生えていた。
そのために強くあらねばならない。
それ以外の時間に意味などない。
強くあろうとする瞬間こそが自分にとって価値ある時間で、そうでない、いじめられている時間。それは無価値だと自分に言い聞かせた。
言うなれば探索者になることは、彼女にとっての存在証明だった。
ゆえに高校には行かず、代わりに剛田が営むダンジョン道場に通わせてもらった。
他の誰よりも強くなる。
他の誰よりも強くあれ。
麗亜は自分に言い聞かせ続けた。
幸いにとでもいうべきか、彼女がいじめられる原因となった獣人種変異者としての特性は、常人離れした圧倒的な素早さというアドバンテージを彼女に与えた。
そういう身体特性と、元来から持つストイックさにより、彼女はみるみる技量を上げて、道場最強とまで謳われるようになった。
しかし、それではまだまだ足りない。
誰もが認める外部承認。
そういうものが必要だった。
だからこそ禁を破ってまで弟子たちだけの探索に挑んだ。
自分は最強の門下生だ。
だから、こんなところで止まるはずがない……はずだった。
(くっ……なんて、ことっ!)
麗亜は双剣を振りながら、自身の判断の甘さを呪った。
今の自分たちの実力ならば中層にだって行けるはず。そう考えての行動だった。
だが、どうだ? 今の状況は?
彼女はガクガク震える膝を必死に立たせて敵をにらみつける。
〝オーガプリンス〟といういうモンスターだった。
読んで字のごとくオーガの上位種であり、身長は2メートル以上ある。
だが、このモンスターは最初から、この姿で出て来たわけではない。最初は一回り大きなゴブリンぐらいの矮小な姿をしていたのである。
当然、麗亜たちは圧勝した。
すると突然、そいつは武器を捨て「……タスケテ、タスケテ」と、人間の言葉を真似て、無様な命乞いを始めたのである。
「行こうぜ、おい。こんな奴、倒してもつまんねぇや」
「そうだね、ジュン君。きっと師範だって闘志がない奴を斬り捨てろなんて言わないよ」
そう、麗亜たちはそのモンスターを見逃すことにしたのだった。
だが、おかしい。
先に続く通路への道は鉄格子にはばまれていて、全く先に進めなかった。
「おかしいな? ボスでも倒すギミックあるのか?」
「いや、それだっておかしいよ。だって、この部屋にボスなんて――」
仲間の1人が言いかけた時、突如、丸太のような剛腕が彼の後頭部を殴り付けた。
「え?」という声をもう1人が上げた時、別方向から拳骨がその顔面へと飛んで来る。
2人の仲間はほとんど同時に、どさりと地面に崩れ落ちた。
一体、何が起きたのか? 麗亜が理解することができたのは、その直後だった。なんとひ弱だったオーガプリンスの腕が、その部分だけ、ぼこりと盛り上がり剛腕と化していたのである。
圧倒的な弱者への擬態――そのモンスターがやってのけたのは、そんな芸当だった。それは教科書に載っていない、まさしく現場の戦術だ。
擬態を解いたプリンスの体は、全身がメキメキと盛り上がり、2メートルを超す巨漢となった。3人目の仲間も攻撃を受けたが、彼は闘気を使っていたため比較的軽傷で済んだ。
その後、麗亜はプリンスのヘイトを引き付け、3人目の仲間に2人を担いで逃げるよう言った。
教科書通り、型通り。
美しいとさえ呼べる麗亜の剣撃は、しかし敵には効かなかった。プリンスは武器を所持していないが、あまりにも闘気が強すぎて刃が肉を断てなかったのである。
そうなると防戦一方だった。
敵は拳を振るって来る。
2本の剣でなんとか止める。
そんな攻防が続いたが、しだいに麗亜の体力は少しずつだが確実に削れていった。
――駄目だ、勝てない。
そう、本能でわかる。
だが引くことはできなかった。
そうすれば、こいつは逃げた仲間を殺すだろうし、下手をするとその場で喰うかもしれない。
何より、それはプライドに反した。
いじめになんて屈しない――そう思いながら素振りを続けたあの日々。
強くなって皆を見返してやる――そう思いながら道場で汗を流したあの日々。
それらがみんな無駄になる。
そう思うと麗亜は引けなかった。だから、どんなに絶望的な状況でも剣を手放すことはしなかったのだ。
その時、脳裏にちらついたのは、先日、自分を打ち負かしたアラサー男の顔だった。
『ゆ、ゆるさ、ない……っ! ゆる、さない……わよっ! こんなの、まともな……っ、戦い方じゃ、ない……っ!』
『うん、そうだよ。ダンジョンの敵はまともじゃない。それを教えたくてやったんだ』
今、あの男の言葉の意味が、ようやくここで身に染みた。
ダンジョンの敵はまともじゃない。武士道も、騎士道も持ち合わせていない。勝つためならなんだってやってくる。
師範はそれを教えるために、わざわざ彼を呼んだのだろう。
今、その意味がようやくわかった。でも、わかるには遅すぎた。
千堂麗亜の人生は、もうすぐここで終わるのだろう。不思議と涙は出なかった。ただ、どす黒い絶望の波が彼女の手から二振りの剣を取りこぼしてしまいそうになる。
――そんな時だった。
「よく頑張った。よく逃げず、独りで戦った」
なんて言葉とともに一振りの剣が、今にも倒れそうな麗亜とオーガプリンスの間に差し込まれる。
「グルォォォォォォ!? ギエェェェェェェ!?」
プリンスもこれには驚いたらしく、咄嗟に剣から距離を取る。
「あ、あんたは……なぜ、ここに……っ!?」
麗亜は驚愕に目を見開く。
なぜなら目の前にいたのは、先程の回想の張本人。
勇者トーマスこと、藤増誠だったのだから――




