第57話:ゴードンの弟子
〝ロックキャンサー〟というモンスターがいる。
これは、読んで字のごとく岩に擬態したカニのような外見のモンスターで、大きさは全長1メートルほど。壁をカサカサと這い回ることから「岩ゴキブリ」なんていう不名誉なあだ名で呼ばれることもある。
そんなモンスターが今、大量に湧いていた。スタンピードと呼ばれる現象だ。
これは、いわゆるモンスター大量出現イベントであるが、表層で起こるのは稀だ。
人が集まったせいでダンジョンが活性化している。その仮説に間違いはないようだった。
「ああ、もうっ! ほんとしつこいッス! どうにかならないスかね、こいつらはっ!」
前線で剣を振り回す朝香が愚痴をこぼすようにそう叫んだ。
「全くです」
そう言いながら後ろの小鈴が無詠唱で魔法を放つ。
「こいつら毒の効き悪いんよね~。ていうか外殻硬すぎて矢が通りづらいし~」
「なんでもいいから援護するッス!」
「はいはい、わかったって。お嬢ちゃん」
軽口を叩く絵麻だったが、彼女は的確に矢を放ち、壁に張り付いたロックキャンサーを叩き落としたりしていた。
ちなみに今回の戦闘では誠はほとんど手を貸していない。
理由はパーティの経験値のためだ。誠が本気で戦うと、なんでも叩き斬る剣に、なんでも焼き尽くす魔法があるため、戦闘があまりに有利になってしまう。
弟子を育成する身としては、今回のロックキャンサー戦はちょうどいい難易度のイベントに思えた。
「あーしは弟子じゃないんだけど?」
「でも、いけるだろ、これぐらい?」
「んー、まあね。でも1個、貸し。外出たらご飯奢れだし」
果たして、それから約5分、スタンピードは収まった。
特に前線で体を張っていた朝香の消耗が激しい。「お疲れ様」と言いながら、誠は回復ポーションを彼女に渡した。
「ありがとうッス、誠さん」
「順調に強くなってるね」
「褒めてもらえてうれしいッス」
「お師様、お師様」
「小鈴もお疲れ。小鈴も強くなってるよ」
誠がサムズアップすると、小鈴は、むふー、という顔になる。
それから誠たち一行はしばらく休憩することにした。
2本目のポーションをぐびっとあおりながら朝香は「やってらんねぇッスよ~」と本音を漏らす。
「金スラどころか普通のスライムすらも出てこないッス」
「まあ、そんなこともあるってば」
「そもそも競合多すぎだし。右見ても左見ても同業者ばっかしじゃん」
絵麻の言うことは、もっともだった。
あまりに数が多すぎて、ときどき通るボス部屋などは順番待ちになるほどだ。
「結局、ガセネタだったんスかねぇ?」
「まだ表層しか見てないから、流石にそうとは言い切れないよ」
「では中層に降りましょう、お師様」
「んー、それなぁ。正直、ちょっと迷ってる」
誠以外の3人は「?」という顔で彼を見た。
表層を調べ尽くしたのだから競合の少ない中層へ行こう――確かに筋は通っている。しかしリスクも当然あった。
「なんとなく、これは勘なんだけど、敵の強さがワンランク上がってるような気がするんだよね」
「確かに、先ほども中層にいるはずのハイオークなどと出くわしましたね」
「うん。だから、もしかすると中層には深層のモンスターが出るかもしれない」
「確かに日帰り遠征としては、ちょっとリスキーかもッスね」
「でもさー、ここで諦められる? あーしら今日、結構頑張ってきたし?」
最初は、あまり乗り気でなかった絵麻だが、ある程度まで進んだことで、ここまで来て諦めるのはもったいないという気になったらしい。
誠は選択を迫られた。
恐らく、自分1人であれば迷わず先に進んだろう。しかしパーティリーダーとして皆を守らなくてはならない責任がある今、軽率な選択はできなかった。
そこで彼はこんな提案をする。
ほんの少し。
表層と中層の境目辺りまで今日は探索を続けよう、と。
「でも、もし深層のモンスターが出た時は、その場からすぐに撤退する」
まあ、ようするにちょっとだけ様子見しようと言ったのだ。
特に今回の探索に乗り気な朝香は少し不満げな様子を見せたが、他ならぬ師、誠の決断である。彼女は「わかったッス」と頷いた。
そういうわけで一行はダンジョンマップを頼りに表層と中層の境目まで行くことにした。
先に洗礼を受けたのだろう他の探索者の一団が、負傷した仲間に肩を貸した状態で途中、すれ違う。そのことに緊張を覚えたのか、小鈴の猫耳がピンと立った。
「大丈夫。俺が付いてるよ」
「ですよね、お師様」
「あっ、小鈴ちゃんだけズルいッス! ウチも撫で撫でしてほしいッス!」
「マコト、あーしも」
「便乗するなよ。いや、まあ撫でてはあげるけど……」
そういうわけで誠は青、赤、銀のカラフルな頭を順に撫でてやった。
俺は今、何をやってるんだろうか?
そう思ってると怒涛のように空中画面にコメントが溢れてくる。
〝トーマスずるいぞ、お前だけ!〟
〝俺も美少女をナデナデしたい!〟
〝チビデブハゲのお前らじゃ無理〟
〝ハゲとらんわい〟
〝効いてて草〟
……そういえば、配信中だった。
誠は小声でドローンに呼びかける。
「陽菜ちゃん、今のとこカットできない?」
『生配信だから無理だねぇ』
「あー、またロリコン扱いされるよ、俺……」
ドローン越しにそう言うと、その向こう側の部屋の中で陽菜がクスクスと笑うのが聞こえた。他人事だと思って放置されているが、女の子たちばかりのパーティのためか結構な頻度で嫉妬コメントが来る。
『ところで、おじさん。あれはなんだろう?』
「あれって何?」
『少し進んだところ。人っぽいものが倒れてる』
「え、マジで? それは放っておけないな」
誠と3人は頷き合った。
陽菜の言う通り、少し行ったところに血を流し、倒れている3つの人影があった。
そのうちの1人、戦士職らしき人物の胸にある紋章を見て、誠は、はっと息を飲んだ。
デフォルメされた鉄腕の紋章――つい最近、これを見たことがある。
それは15年前の誠の親友、ゴードンこと剛田呑平の道場の門下生を示すマークであった。
誠は小鈴に治癒魔法を指示。
その間に周囲の状況を探る。
(この赤い筋……血痕か)
それは少し行った先にあるボス部屋らしき部屋に続いていた。
そこから戦闘音がする。
嫌な予感がした誠は、仲間たちに待機を命ずると、1人ボス部屋に向かって行った。




