第56話:ベルディアダンジョン
ベルディアダンジョンは、夜使市の隣町にある洞窟が入口となっていた。そして、このダンジョンの前にもコニュードダンジョンと同じく公民館のような建物がたてられている。
トゥルートーマス一行がLINEでベルディア行きを決意した次の日、電車に乗ってダンジョンへ行くと、そこには長蛇の列があった。その最後尾には看板を持ったスタッフがいて、整理券のようなものを渡している。
それほどの盛況ぶりだった。
ちなみに、どうして入場制限などを設けるかというと、小鈴曰く「多くの人が一気にダンジョンに押し寄せると、ダンジョンが活性化するからです」とのこと。
こりゃ無理だな、と誠は思った。
何せ建物の外まで列ができている。
ゴールドメタルスライム捜索配信は、それだけ〝映える〟ということだろう。
見たところ列は進む気配がない。
このままでは暴動が起きるんじゃないかと思うほど、それは微動だにしないのである。
「諦めてサイゼでも行く、みんな? 奢るよ?」
「いいえ」
「そうッス。諦めたくないッス」
小鈴と朝香は乗り気であった。
ゴールドメタルスライムが、そんなに魅力的なのだろうか?
すると横にいた絵麻がぽつりと「アレ使っちゃえば?」と言ってくる。
「なんのこと?」
「前の協会案件の時、もらったカードがあるじゃんね」
「ああ、あれか。なんだっけ? なんか特級ライセンスみたいなやつだよね?」
誠は財布の中から、それを取り出した。
そこには、まるで免許証のように証明写真が印刷されており。特別調査部・異常事案対策室のお墨付きマークが付いている。
調査部の黒沢女史曰く「今後の活動で困ったらこれを見せてください。大抵のことは解決しますので」とのこと。
だが今、使うのは躊躇われた。
困っているには困っているが、ただ行列が長いだけだからだ。
「別に良いのではないでしょうか? これはダンジョン協会から、言うならば日本政府から与えられた正当な権利です」
「そうッスよ。むしろ今使わなきゃ、いつ使うんだって話ッス」
誠は、ううむ、と迷ったが、まあ通ったらワンチャンぐらいの気持ちで、最後尾でプラカードを持つ人にそれを見せてみることにした。
最初は「何?」と、うさんくさそうな顔していたその人であるが、ライセンスを見せると顔付きが変わった。
「あ、あんた、噂の〝勇者〟かい!?」
「いや〝勇者〟では……」
「待っててください! すぐに本部に確認しますんで!」
なんていうことを大声で言われたせいで、周りの注目を引いてしまった。
「勇者トーマス!? 本物か!?」
「本物だ! 仲間たちもいる」
「青髪猫娘に、赤髪剣士に、暗黒長耳!?」
「うわ、本当だ! 写真撮らないと!」
「すいません! 配信回していいですか!?」
などと周囲が色めき立つ。
てか、仲間たちにいつの間にそんな異名が付いたんだ!? と誠は動揺を隠せなかった。
「いや、みんなのやつかっこよすぎでしょ? 俺のだけなんかダサくない?」
「勇者トーマス、かっこいいッスよ」
「ですです。シンプルオブザベストです」
仲間たちは擁護してくれるものの、この子たちには〝お師様補正〟があるので、正直あまり当てにならない。
「ダサかっこよくて、好きだよあーしは?」
「ほら、やっぱダサいって思ってるじゃん!」
などとコントをしていると、担当者っぽいおじさんが駆け足で彼に寄って来た。
「勇者トーマス……いえ、藤増誠さん! お会いできて、とても光栄です!」
「いえいえ」
「順番待ちの件ですが、特例でスキップして構いません」
「え、でも本当にいいんですか? みんなの顰蹙買いません?」
「この国を救った英雄が何を言うのです? さ、お仲間のみなさんも付いて来てください」
こうして誠は列の横をぺこぺことお辞儀しながら進んで行った。
途中で「ずりーぞ、トーマス!」「あとでいっしょに写真撮れ!」などと野次が飛ぶことは何度かあったが、それは必ずしも悪意あるものではなく、むしろ好意的なものだった。〝勇者トーマス〟の2つ名は、今や国民に広く知れ渡るヒーローのそれとなっているのである。
そういうわけで誠たちはダンジョンの中に入って行った。
ベルディアダンジョンは先のアーシオダンジョンとは異なり、内部構造がほぼ変わらない固定型のダンジョンであり、迷宮マップも作られている。だが、その難易度はいつものコニュードダンジョンよりもワンランク上とされていた。
迷宮内は薄暗く、薄明りを放つ燐光岩だけが唯一の光源となっている。
だが探索者になると不思議なことに、この薄暗さにも目が慣れてくる。むしろヘッドライトや懐中電灯などで無理に視界を確保しようとするとモンスターの気を引きやすい。そのため、そういったものを使用しないことは暗黙のルールとなっていた。
「気を引き締めていきましょう、皆さん。今日は人だかりも多くダンジョンが活性化しています」
「そうッスね。もしかしたら普段は表層に出ないようなモンスターも湧いているかもしれないッス」
「ま、あーしなら余裕っしょ」
「その慢心が人を殺すんスよ」
「はいはい、わかったし。優等生ちゃん」
絵麻はひらひらと手を振った。
無論、彼女とてプロの探索者だ。口では余裕を醸し出しているものの警戒は怠っていないに違いない。
と、一行の進む先でボコリと壁が盛り上がり、中から何かが這い出て来る。モンスターとのエンカウントだ。小鈴は杖を構えて言う。
「出ましたね……見たところ、あれはハイオークのようです」
「しかも結構デカいッス。3メートル近くあるッスね」
「気を付けてください、お師様。このモンスターは普段は表層に現れないモンスターです。通常のオークよりも気性が荒く、さらには膂力も強いとされており……」
小鈴が何かを言いかけた時だ。
すたすたと、まるで散歩にでも出かけるかのような緊張感のなさで「グルォォォォォォォォ!」と雄たけびを上げる敵のもとに近付いた誠は、武技も魔法も使わずに「えいっ」と愛剣〝白金〟を振るった。それは薪でも割るようにハイオークを一刀両断する。文字通り真っ二つにしたのである。
呆気にとられる一同の前で、皮肉でもなく誠は問う。
「あ、ごめん小鈴、今何か言いかけたよね? なんだった?」
「いえ、なんでも……。お師様がお師様なこと忘れてました」
誠は「?」と首を傾げる。
ハイオーク――中層最大の壁とすらいわれるそのモンスターすら、この男には、そこら中にいるゴブリン程度の敵でしかなかったのだった。




