第51話:最強の弟子
誠が転移した異世界ペルボリアスには、獣人と呼ばれる種族が存在した。
その名の通り、体の一部に獣的な特徴を持つ人々の総称だ。
現状の彼のパーティメンバーでいうと、猫耳を持つ小鈴がそれに該当する。ただ正確には獣人ではなく、彼女は魔素変異という現象によって獣人的な特徴を後天的に得た者だ。
目の前に立つその少女も同じく獣人種変異者だった。
華奢と表現できるほどすらりと長い手足を持つその少女は、馬の耳、そして尻尾を生やしていた。髪の毛の色は薄紫で、ゆるくウェーブのかかったそれを背の辺りまで伸ばしている。
聴覚過敏のきらいがあるのか、その馬耳にはそれぞれ白と黒のカバー、いわゆるメンコが着けられていた。
顔立ちはかなり整っている。
もし胴着なんて着ていなければ、どこかのご令嬢に見えたかもしれない。
だがしかし、明らかにこれまでの弟子とは何かが違う。直感とでもいうべきだろうか? 過度な手加減はしなくていいと誠は彼女を評価した。
「両者前へ」の合図とともに2人は互いに礼をする。
そして戦闘が始まった。
だが、どちらも動かなかった。
(二刀流か……)
その少女、麗亜の両手に握られているのは同じ長さの2本の木刀。
それだけでもかなり異質であるが、誠は彼女の闘気を見ていた。
揺らぎがない。強固である。
多分、これまでのように手加減をすれば一本取られてしまうだろう。
で、あるならば、攻めるのみ。
最初に動いたのは誠であった。
手心は多少加えたものの、かなり強めに打ち込んだ。恐らく他の門下生ならこの攻撃を受けられなかったに違いない。
しかしキィィィィィィィィンと音がする。
少女が木刀2本を使い、振り下ろされた一閃を闘気で受け止めた音だった。
(これに反応してくるか!)
誠は驚きを隠せない。
次に仕掛けたのは麗亜だった。
彼女は素早く木刀を振り回し、誠を防御に回させる。
その剣のなんと素早いことか!
同じくパーティの剣士である朝香と比較するとわかりやすい。やや防御寄りの彼女に比べて、麗亜はとにかく手数で攻める攻めに特化した戦士職だった。それこそ、まるで駿馬のように彼女の攻撃は苛烈で、速い。
その時点で誠はなんとなく、剛田が自分をここに呼んだ理由に察しが付いた。隻腕の今の彼よりも、彼女の方が強いのだ。
確かに、これは由々しき事態だ。
隻腕となった剛田では、もう彼女を力ずくで止めることができない。
だから自分を呼んだのか――誠はようやく得心した。このまま自信だけを膨らませて深層へ向かえば、いつか取り返しのつかないことになる。
無駄のない動き、無駄のない力加減。
恐らく彼女は、この道場が生み出した最高傑作に違いない。
しかし誠は気が付いた。
あまりにも無駄がなさすぎることに。
麗亜の動きは完璧だった。
だがしかし無駄が無さ過ぎて軌道が簡単に読めてしまう。
無論、フェイントができないわけではない。が、そのフェイントのタイミングすらも教科書通りなのである。
確かにこれは問題だった。
表層、中層までならいい。
しかし深層のモンスターの中には、こういう動きを即座に見抜き、対応してくるものがいる。
これは理解らせてあげなきゃいけない。
そう考えた誠の戦法はシンプルだった。
パワーで押し込む。
双剣は確かに手数は多いが、剣を片手で持たなければならない分、純粋な力比べに弱いのだ。
誠は木刀をパリィした。
急な反撃に対応しきれず少女の剣は宙を舞う。
(もう一本)
と、この展開に動揺せずに麗亜は残る木刀を両手で持った。そうして普通の剣士のように両手でそれを振り上げて来る。
(甘い)
だが、その攻撃も誠はパリィ。
2本目の剣が宙を舞った。
これで彼女は丸腰だ。
その扱いにプライドを傷付けられたのか、少女はキッとにらみつけてくる。
並の剣士なら、この段階で降参を選んでいるはずだ。
しかし闘志は衰えない。
どうやら彼女は素手のまま自分と戦う気のようだった。
「はい、これあげる」
しかし誠は木刀をあっさり手放し、少女の足元に放り捨てた。
「……。……舐めてるの?」
「舐めてない。敬意を表して」
「ふ、ふざけないで、侮辱だわっ!」
「だったら素手でかかってくれば? 俺はもう剣はいらないからさ」
馬耳少女はギッと歯を噛み締めた。
「後悔しても遅いわよっ!」
そして足元の木刀に手を伸ばし、それを我が物にせんとして――
「はい。隙できた」
だが、その瞬間、超スピードで近付いた誠が彼女の腹に膝蹴りを入れた。麗亜は「がはっ!」と胃液を吐き出し、九の字になって道場の壁まで吹き飛ぶ。
一応、手加減はしたつもりだ。
だが衝撃は大きかったらしい。
彼女は道場の床を転がって苦悶の表情を浮かべて喘ぐ。
「うっ……ぐうぅ! ひ……卑怯者っ!」
「勝負に卑怯もラッキョウもない。まだやるかい?」
「も……もちろん、よっ!」
「そこまでだ」
剛田が勝負の終わりを告げると、血相を変えた治癒看護師が駆け寄って来て麗亜に治癒魔法をかけ始める。
「ゆ、ゆるさ、ない……っ! ゆる、さない……わよっ! こんなの、まともな……っ、戦い方じゃ、ない……っ!」
「うん、そうだよ。ダンジョンの敵はまともじゃない。それを教えたくてやったんだ」
涙をぽろぽろと流す麗亜は、その場にばたんと崩れ落ちた。
誠はちらりと親友を振り返る。
「……流石にちょっと、やりすぎたかな?」
「ああ、やりすぎだ。でもよぉ、感謝してるぜ、兄弟。俺のかわいい弟子たちを同じ目に遭わせたくはねぇからなぁ」
金属の義手に触れながら、しみじみとした声で剛田は言った。




