第50話:史上最強の道場破り
「と、いうわけで今回は、特別講師として〝勇者トーマス〟こと藤増誠先生に来てもらったぞー」
場所は夜使市市内のビルの一画。
一面、畳張りの部屋で師範である剛田が正座する面々に向けてそう言った。
彼含め、畳の上にいる面々は皆、真っ白い胴着を着ていた。そこには、この道場の門下生であることを証明するデフォルメされた鉄腕のワッペンが縫い付けられている。
思ったよりも道場らしい道場だなぁ、と招待された誠は思った。
「すげぇ、本物だ」
「勇者トーマスだ」
「写真撮らせてもらっても、いいかな?」
「ていうかサインねだっちゃお」
などと、門下生たちは口々にひそひそ話をし始める。
「こら、お前たち。トーマス先生は遊びに来たんじゃないんだぜ。お前らに稽古を付けてもらうために来たんだ」
「なあ、ゴードン。その呼び方やめないか?」
「おっと、失礼。じゃあトーマス老子でいくか」
「トーマス呼びをやめろってんだ」
互いに気が知れた仲なので誠と剛田は軽いノリで会話する。ただまあ遊ぶために来たわけではないので、最終的には藤増先生という名前で呼ばれることが決定した。
剛田や門下生にならい、同じく胴着を着ている誠は、正座する者たちの顔ぶれを見渡す。
皆、十代の若者ばかりだ。
もっとも年長の者でさえ成人している者はいないかもしれない。
「それじゃ、さっそく稽古するぞー。藤増先生に挑みたい者は?」
剛田が弟子たちにそう言うと、ほぼ全員が手を挙げた。
誠は少し驚いた。
自分で言うのもなんではあるが、勇者なんてあだ名で呼ばれている人間にこれほど果敢に挑んでくるとは、度胸の据わった弟子たちだ。
剛田は無知な誠のために迷宮領域展開装置の説明をしてくれた。
基本的に、この世界の人間は誠のような例外を除き、ダンジョンの外で魔法や闘気を使うことはできない。この道場に設置されているその装置は、その理を捻じ曲げて、ダンジョン内でできることを再現できるようになるものらしい。
剛田は今回の稽古ルール説明をした。
まず第一に勝負は真剣ではなく木刀で行う。第二に魔法の使用は禁止。またストレージから木刀以外の武器を使用することも禁止するとのことである。
(逆にいえば、それ以外はなんでもありってことか)
誠は渡された木刀を見た。
見たところなんの変哲もないそれであるが、よく見ると、かなり多層に渡って魔力結界の術式が展開されている。
恐らく、使用者の闘気を吸って展開される仕組みだろう。簡単に言えば、この木刀、見えないクッションのようなものに包まれているので安全性が高いのだ。
(それなら、あんまり手加減しないでいいかな)
誠は思い、何度か素振りする。
と、剛田に手招きされる。彼は小声でこう言った。
「流石に手加減してくれよ? 死者出たらシャレにならねぇからな」
「いや、殺したりはしないよ、流石に」
「本当か? 信じるぜ?」
誠はサムズアップした。
すると剛田は納得したのか、挙手を続ける弟子たちの中から「五条!」と1人を指名する。
「お前がトップバッターだ。殺すつもりでやってこい」
「ウッス、師匠! 自分頑張るッス!」
そう言いながら立ち上がったのは、かなり大柄な少年だった。
見たところ190センチぐらいはある。
しかも、ただ背が高いだけでなく、その少年は横にも大きかった――太っているという意味ではない――全身をまるで鎧のように分厚い筋肉が覆っているのだ。
対する誠は締まってはいるが、ヒョロいという表現が似合ってしまう割と細めの体格をしていた。
何も知らない者がこのマッチアップを見たら、どちらが優位と見るかは明らかだろう。だが五条少年は顔を引き締めて真剣な顔で誠の前に立つ。
審判である剛田が両者の間に立っていた。
「各自、礼。俺の〝始め〟の合図とともに試合に臨むこと」
誠は「オッケー」と剛田に言った。
彼が「始め!」と合図をすると、間髪入れずに五条が木刀を振り上げて誠に向かって突進して来る。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
木刀という凶器を持った大柄な少年の渾身の一撃。命の危機すら覚える構図だ。
だが肝心の誠は動こうとしない。
剣を構えることすらせず、ただただ、その場にぼーっと突っ立っている。
もらった! と、その少年は思ったかもしれない。
だが思ったとしても、それは一瞬のできごとだったろう。なぜなら次の瞬間には誠は彼の背後に立っていたからだ。
スパァァァァァァァンと、まるで音を置き去りにするかのごとく打撃音が道場に鳴り響き渡る。
五条の体がゆらりと揺れた。
その頭にはコブができていた。
目をぐるりんと回転させてその場に倒れ伏す巨体。あまりに唐突なできごとに、道場はにわかに騒然となった。
「勝者、藤増!」と剛田が大きな声で宣言する。その後、引きつった笑みを浮かべた彼は誠をくいくいと手招きし、そして小声でこうささやく。
「手加減しろって言っただろっ」
「したよ、手加減? 死んでないでしょ?」
「あのな兄弟……常人には見えない速度で移動して、見えない速度で斬撃するのは、普通、手加減って言わねんだよっ」
「じゃあ、もう少し弱くする?」
「弱くしろっ。でないと稽古にすらならんっ」
剛田はビキビキと青筋を立て、鋼鉄の義手で誠の肩を締め付ける。
「わかったよ」と誠は言って、再び試合場に戻る。
それから誠はかなり手加減をした。
わざと攻撃2~3発、受け止めて、そのあと「えいっ」ととどめを刺す。
ふざけているようにしか思えない態度であるが、彼の一閃を食らった者はことごとく意識を刈り取られた。頭や首、胸などの急所を、死なない程度の力加減で誠が狙い撃ったからだ。
そんな戦いが数戦続くと、流石の門下生たちも意気消沈し、挙手をする者がいなくなる。
「オイオイ、マジか。何、怖気づいてんだ、お前たち。これは練習試合だぜ? こんなところで日和ってちゃダンジョンじゃとても通用しねぇぞ。マジで、もう誰もいねぇのか?」
すると1つの手が上がる。
細く、華奢な腕――少女のものだ。
「ようやく本命、ご登場だな。やれるか、千堂?」
「ええ、やります」
誠は少女の顔を見た。
そして「へえっ」と声を出す。
「あの子が例の問題児?」
「ああ、そうだ。千堂麗亜。この道場で最強の弟子だ」
声をひそめて誠が聞くと、肩をすくめながら剛田は言った。




