第49話:マブとの再会
「はぁ~、モヤシっ子だったお前がよぉ、まさか〝勇者〟になるとはなぁ」
場所は、某貴族的な焼き鳥屋。
誠の向かいの席に掛けている大柄な男――ゴードンこと剛田呑平は、言うと、ジョッキに注がれたビールを一気にぐびっと飲み干した。
「お前も飲め、奢るから」
「でも、いいのか?」
「気にするなって。ちなみにお前、酒は強い方か?」
「まあまあかな」
「じゃ、生追加で」
そう言うと、剛田はタッチパネルをいじりビールを2つ追加する。
「いや、まだ俺、飲み切ってないんだけど?」
「どうせ飲むだろ?」
「飲むけどさ」
誠は適当に答えた。
異世界では、よく仲間たちと酒宴を開く機会があった。だが、この世界に帰還してからはあんまり酒は飲んでいない。彼は独りの酒よりも誰かと飲む酒が好きだった。
さっそく酔いが回ってきたのか、剛田はべらべらと語り始める。
新聞を見たらお前が一面にいてびっくりしたみたいな話。
連絡を取ろうと試みたが、家はすでになかったという話。
SNSもしていないので探すのに苦労したという話。
それを聞き、誠は少し罪悪感を覚えた。
色々なことがありすぎて、そういうことはおろそかにしていたが、確かに旧知の友たちへの連絡手段は作っておくべきだったかもしれない。
と、剛田がジョッキをテーブルに置く。
その手は金属製だった。
誠はちらりとそれを見て、次に親友の顔を見る。
「気になるか?」
「聞いていいのなら」
「昔、深層でヘマやらかしてよ。片腕を全部持ってかれた。この魔導義手を付けてれば日常生活に支障はねぇが、もう前線にはいられねぇ。それで、まあ今は隠居の身だな」
剛田は肩をすくめてみせた。
そういえば彼は中学生の頃、いつか異世界で冒険者になるなんて夢物語を語ることがあった。そんな彼が突如現れたダンジョンに惹かれたのは、ある意味、必然だったのかもしれない。
「ていうかさ、お前だよ。お前の経歴の方が謎すぎるぜ」
「まあ、なんていうか色々あったんだよ」
「つい最近まで寝てたくせにか?」
「それは、その……ええと、あの」
剛田はじっと誠を見てくる。
顔には「話せ」と書いてある。
誠は嘘が苦手だった。
そこで、もう酔いの勢いで全部打ち明けることにした。15年もの昏睡期間中、魂が異世界ペルボリアスにいたということや、そこで魔王を倒したことを。
話し終えた後で彼は後悔する。
こいつ頭がおかしくなった、と距離を置かれてしまうだろうか?
「……いや、俺は話信じるぜ。お前は嘘がつけるほど器用な男じゃねぇからな」
「ほ、本当に信じるのか?」
「ていうか、むしろ納得したぜ。だってさ、お前、俺が見舞いに行くたびに寝たきりになって痩せ衰えるどころか、逆にいい感じの筋肉が付いていってたからな。それにお前のその強さ、それぐらいぶっ飛んだ話がねえと納得できねえよ」
剛田は平然とそう言ってのけた。
下手な嘘で繕わなくてよかったと誠は思う。
「ていうか動画見てるんだけども、いくらなんでも強くなりすぎじゃねぇか?」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。マジでやべぇ。マジでトーマスTUEEEだわ」
剛田はふざけた顔で言う。
ちなみにトーマスというあだ名は中学の頃にすでに付けられていた。お返しに彼はゴードンというあだ名を付けて、互いにふざけ合っていたのだ。
「んでよ、どの子が本命だ?」
「……? なんの話?」
「とぼけんなって。美少女ばっかでパーティ固めやがってよ。ラノベの主人公かっての、お前は」
どうやら彼は小鈴たちのことを言っているらしい。「いや、そういうのじゃない」と誠が返すと「本当かぁ~?」と、剛田は絡んでくる。
「お前の方こそどうなんだよ? いい人いるのか?」
「いや、いるも何も結婚してるよ。ちなみに子供も2人いる」
それを聞き、誠は、えっ、と思った。
だが別にそれはおかしなことではない。
お互い30代である。
記憶の中の剛田は16才で止まっているが、今、目の前にいるこの男は、所帯を持っても不思議でない年頃になっているのだから。
(なんか、置いてかれた気分だな……)
15年分の時の重さを感じ、誠はセンチな気分になる。
剛田はスマホを取り出すと家族の写真を見せてくれた。
そこには笑顔の親友と、彼の隣に座る女性、2才ぐらいのかわいい幼児と、陽菜と同じぐらいの年頃の子が映っている。
誠は「うん?」と首を傾げた。
幼児がいるのは、まあわかる。
しかし剛田は自分と同い年、つまりは31才だ。陽菜ぐらいの子がいるとなると、計算が合わなくなってくる。
と、表情から疑念を察したらしい。
「ああ、これな」と彼は娘を指差した。
「嫁さん、俺より年上なんだ。で、若い時にヤンチャしてできた子らしい」
「連れ子ってこと?」
「そうなるな。若干、引いたか?」
「いやいや、全然引いてない。ていうか、むしろすごいと思うよ」
誠は素直にそう言った。
親友がいつ頃、結婚したのかはわからない。だが少なくとも結婚した段階で子はある程度の年齢だったはずだ。
「最初は娘にマジで反対されたぜ。剛田なんてゴツい苗字になるのが嫌だって」
「あー、それは気持ちわかるかも」
「籍入れようとしてたのが、ちょうど思春期に入る頃だったから、色々大変だったぜ。でも今じゃ、俺をお父さんって呼んでくれてる。血の繋がった子と同じくらい俺には大事な存在だ」
剛田は、ただ酔っただけのそれとは違うフッと緩むような笑顔をみせた。
それは優しい顔だった。こいつ本当にパパになったんだなぁ、と誠はしみじみ実感する。
しばらく無言の時間が流れた。
2人はぐびっとビールをあおる。
「あのよぉトーマス、お前、暇か?」
「暇じゃないけど、作ろうと思えば時間は作れるよ。何かの誘い?」
「ああ、そうだ。実はお前に頼みたいことがあってな。俺の道場に来てほしい」
「道場?」と誠は小首を傾げた。
すると剛田が解説する。
曰く、隻腕になり探索者を引退した後、彼は探索者専門の訓練校、いわゆるダンジョン塾と呼ばれるものを営むようになったという。
「インストラクターみたいな感じ?」
「その認識で大体合ってる。まあ、あれだ。自分の夢を諦めた代わりに、それを若者に託すことにした」
誠は「へぇ」と感心する。
きっと探索者をやめる時、葛藤はすごくあったろう。だが、この男はその情熱を別の形に昇華させたのだ。
「行くのは全然オッケーだ。でも何をすればいいんだ、ゴードン? 俺、人に教えるの苦手だぞ?」
「いや指導とかはしなくていい。ただ、ちょっと困った子がいてな」
「問題児?」
「問題というか……まあ、ある意味ではそうとも取れるな。その子をな、お前の実力で、ちょっと分からせてやってほしい。この業界の厳しさを肌で実感させてやりたいんだ」
剛田はジョッキをゴトンと置くと、真剣な顔でそう言った。




