第48話:勇者トーマス
勇者トーマスこと藤増誠が、アーシオダンジョンで魔王レプリカを倒し、日本を救ってから約1カ月。
彼の生活は激変していた。
というのも、その切り抜き動画が世界中で大バズりして、累計5000万再生という驚異的な数字を叩きだしたからだ。
カメラが魔王の〝ペット〟であるドラゴベロスの方に転移してしまっていたため、残念ながら最大の見どころであるレプリカとの戦闘シーンを収めることはできなかった。
しかし、それでも十分、見ごたえのある動画になった。
特にダンジョン終盤で大型のボスモンスターであるビッグトレントマンを誠がワンパンで倒すシーンなどは、流石にこれはフェイクなんじゃないかという疑念が国内外から生じることとなった。
ただ彼の実力が本物なことは、先のコニュードダンジョン崩落の際にすでに証明済みだ。ゆえに、そういうアンチよりも圧倒的に「トーマスTUEEE!」という人間が多かった。
マスメディアからの反応も大きく、彼は再び新聞の一面を飾ることになった。
アーシオダンジョンの難易度が〝人喰い〟などと呼ばれるほど大きかったからというのももちろんあるが、このダンジョンの規模が広がっているという噂は、ある程度、認知されていたのである。
そんな異常を止めた誠は、国を救った英雄として、奇しくもこの世界でも「勇者」と呼ばれるようになった。
その後、またしても日本を揺るがすレベルの異変が起きたため誠たちトゥルートーマスは、現場への出動を余儀なくされたが、この際の切り抜き動画も当然のごとく大バズリした。
誠は地位、名誉、金などに、それほど執着する人間ではない。けれど、ここまで来ると有名税を支払わなければならなくなる。ひとたび外に出るだけで「あれトーマスじゃね?」「サインください!」「いっしょに写真撮って!」などと引き留められる始末である。
正直、ちょっと……いや、かなり不便だ。
目立ちたいとは思わない。
誠個人の気持ちとしては、そっとしておいてほしいのだが……
世間がそうはさせてくれない。
そこでもう、誠は開き直ることにした。
きっと、この先も誠にしかこなせない〝勇者案件〟は来るだろう。それが、この国の存続に関わるならば首を横に振るわけにもいかない。
その時、体がなまっていては命に関わる。
なので十分なお金はあるが、彼は毎日ルーティーンとしてダンジョン探索に勤しんだのだった。
ちなみに今日は日帰りで、地元、夜使市のコニュードダンジョン深層をソロ探索した。
縛りプレイのようにも見えるが、誠にとって、それは娯楽のようなものだった。
というのも、彼を慕ってくれる3人の少女たち(うち1人は成人済み)は、心強い仲間ではある。だがパーティリーダーとして常に気を張るプレッシャーは想像以上に大きなものだ。
そこで誠は、時々〝息抜き〟としてソロで深層探索をするようになったのだ。
無論、このような無謀な行為は並のSランカーでもしない。
だがしかし、彼は並ではない。
異世界ペルボリアスに転移した際の10年に及ぶ冒険、そして魔王との戦いは、彼をこの世界では規格外の強者にいたらしめたのだ。
ところが誠はそのことを一切、周りに誇示しなかった。
自分が魔王に勝てたのはパーティのみんなの犠牲のおかげ。そんな信念が誠を傲慢さから遠ざけ、あくまで初心を忘れない謙虚な姿勢を貫かせたのだ。
が、逆にその謙虚さが、圧倒的すぎる実力とのギャップを生み、彼の人気を強固にした。その人気たるやすさまじく、今や配信を告知するだけで1万を超える視聴者が集まって来るほどである。俗にいうところの「神配信者」に、いつの間にか彼はなっていた。
ちなみに誠ほどではないが、他の3人のパーティメンバー。小鈴、朝香、絵麻たちも、今では一躍有名人だ。
つい最近、大手探索者雑誌「SEEKERS」の表紙を彼女たちが飾ったことはいまだ記憶に新しい。ちなみに、この雑誌の表紙にならないかと誠にも雑誌側からオファーが来たが、冴えないアラサーおじさんが表紙になっても映えないだろうと、それを断った経緯がある。承認欲求という言葉は彼には無縁のものだった。
まあ、そんなわけで。
とにかく誠の生活は、目覚めてから2カ月ちょっとで激変した。
今では顔を隠すため、風邪でもないのにマスクを着けて歩くのが習慣化してしまったほどである。
さて、そんなわけでダンジョンからの帰り道。駅前の夜道の人ごみの中を誠はひとり歩いていた。
今日の夕飯は何にしよう?
ご飯の残りがあったから、それで炒飯でも作ろうか……
なんていうことを考えていた時だ。
突然、肩にどんと衝撃が走った。
前から歩いて来た大柄な男とすれ違いざまにぶつかったのだ。
多分、お互いに悪意のない、人ごみゆえのちょっとした事故だ。
「あ、すいません」
そう言って誠は、そのまま去ろうとした。
しかし男はじいっと誠を見ている。
もしかして怒らせてしまったのだろうか。
(もっぺん、謝った方がいいかな?)
そう思い口を開きかけた時、その男の顔にあるものが怒りではなく驚きであることに気が付いた。
「トーマス……お前、トーマスだよな?」
男は誠に近付いて来る。
ああ、またこういう輩かと誠は思った。
この後の答えは予想できる。サインください。あるいは写真撮らせてくださいの、どちらかだ。
だが、もう夜だ。面倒くさい。
誠はそれを断ろうと身構えた。
「トーマス、わかるか? 俺だ、俺」
しかし相手の反応は予想に反するものだった。誠は「?」という顔になる。
口ぶりからして顔見知りらしい。
でも誰なのかがわからない。
ただ、でも確かにその男の顔の面影にはどこか見覚えがある気がした。
男はさらに近付いて来て、彼にこんなことを言ってくる。
「はは、お互いに年食ったからな。わからなくても当然か。でも覚えてないか? 中学の時。ランランルー、初めての特別なキャンディ、ガチムチ兄貴のケツドラム……そういう話題で盛り上がったのを?」
その時、まるでパズルのピースが揃ったように、かつての記憶が蘇る。
「も、もしかして、お前、ゴードンか?」
「ああ、そうだよ。15年ぶりだな、兄弟」
大柄な男は口元にニヤリと笑みを浮かべてみせた。
剛田呑平。
そう、その男は中高の頃につるんでいた、かつての誠の親友だった。




