第47話:彼の名は……
(やばいやばいやばいやばい! どうする!? どうすればいい!?)
夜使市にあるコニュードダンジョン。
その深層の入口で、1人の少年が、持っている剣をガタガタと震わせパニックに陥っていた。
対峙する敵はゴブリンの上位種、ホブゴブリン。中でも変異種と呼ばれるホブゴブリンシャーマンというモンスターだった。
通常のゴブリンよりもふた周りほど大きなそれは、頭に羽根飾り、胸には動物の骨で作ったネックレスを着けている。
そのモンスターが甲高い声で「ギャッ! ギャッ! ギャッ!」と呪文(?)を唱えると、地面がボコッと盛り上がり、そこから何かが這い出て来る。
「ォォォォォォォォォォォォォォ……」
ホブゴブリンゾンビ。
ただれた肉から腐臭を放つ醜いアンデッドモンスターである。
ゾンビは1体だけではない。
そのボス部屋には数え切れないほどのアンデッドたちが呼び出されていた。
後方で魔法職の少女が呪文を唱える。
表層のモンスター程度なら一撃で倒せる炎魔法【上級炎弾】である。
が、見た目によらない反応速度でホブゴブリンゾンビが素早く肉壁となり、召喚者であるシャーマンをかばう。
「修二、指示っ! 指示をちょうだいっ!」
「てっ、撤退っ! 撤退するぞっ!」
「無理だ、出口が塞がれてるっ! こっち側からは出られなくする罠が作動してる!」
修二と呼ばれた少年は、それを聞き、顔を青ざめさせた。
ある探索者の活躍によりラスボスをスルーして帰還することができるようになったこのダンジョン。
しかし、だからといってその難易度が変化したということは全くない。むしろ、この少年たちのように、自分たちの実力を見誤り、深層に進出してしまうことで落命する者が多くなったのだった。
パーティリーダーを務める彼は、深層の入口だけなら大丈夫だという自分の軽率な判断を今さらのように悔いていた。
しかし、もう遅い。
目の前にいるボスモンスター、ホブゴブリンシャーマンを倒さない限り、進むことも逃げることもできない。
どう考えても詰みである。
迫り来るゾンビたちの猛攻に押され、1人、また1人と仲間たちが倒れてゆく。
彼は茫然と立ち尽くしていた。
この状況を打開するのは無理だ。
自分はこの薄暗い迷宮の中で屍を晒すことになるのだろう。
探索者になんてなるべきじゃなかった。少年の手から剣が滑り落ち、ガシャンと重い音を立てる。
「か、母さん……」
彼は思わず独りごちる。
「ごめん、俺……先に逝く……何もできなくて、ほんとごめん……っ」
戦意を失った少年はゾンビ軍団に囲まれる。彼が無惨な肉塊にされかけようとしたその時だった。
「【煉獄葬送炎熱波】」
突如、何者かが魔法名を口にする。
同時に彼のすぐ横を特大の火球が通り抜けた。
ボウリングのピンが転がるように火球の爆発に巻き込まれたゾンビたちが吹き飛び、ただちに黒煙に変わってゆく。
「え?」という声が少年の喉から漏れ出た。
振り返ると、そこに男がいた。
細く引き締まった体を持つ、けれども、どこか冴えない雰囲気の30才ぐらいの〝おじさん〟である。
「ギャッ!? ギエエエエエッ!?」
急な乱入者に驚いたのかホブゴブリンシャーマンが奇声を上げる。
そいつは再び呪文を唱え、新たなゾンビを召喚する。この無尽蔵に湧く眷属こそが、このモンスターの強みであった。
しかし男は《《詠唱なしで》》再び例の大魔法を使った。
「【煉獄葬送炎熱波】」
そう、そのたった一声で、少年たちを苦しめたゾンビ軍団は綺麗さっぱり一掃される。
自分は夢でも見てるのか?
一瞬、少年はそう思った。
だが、その男は確かにそこにいて、ホブゴブリンシャーマンを圧倒していた。
「ギャッ! ギャッ! ギャア! キエェェェェェェェェ!」
自身を守る肉壁を失ったことでシャーマンは身の危険を感じたらしい。
そいつが呪文を唱えると、今までないほど大きく地面が盛り上がり、そこから巨躯が這い出て来る。
キングホブゴブリンゾンビ――身長3メートルを超す、今までの眷属とは比べ物にならない化け物だ。
そんな化け物は男に向かって巨大な拳を振り下ろす。並の探索者であれば、それに圧殺されて人生に幕を閉じたろう。
しかしシャーマンには誤算があった。
1つはその男が、まるで白磁のような真っ白い剣を持っていたこと。
そして、もう1つはその男が〝並の探索者〟などではなかったことだ。
男は武技すら使わない。
ただ一閃――その白磁の剣を目にも止まらぬ速さで振り下ろした。
刹那、ありえない事態が起こる。
キングホブゴブリンゾンビ、規格外の巨躯を持つ化け物が、まるで薪でも割るかのように頭から真っ二つに両断されたのである。
シャーマンは呪文を唱えることなく、その場に茫然と立ち尽くしていた。まるで、さっきまでの少年と立場が入れ替わってしまったかのように。
「精神力切れ……みたいだね。それじゃあ、さっさと終わりにしようか」
それだけ言うと、男はすたすたとシャーマンに近付き、少年には視認できない速さで剣を一閃した。
シャーマンの首が胴から離れる。
その身はビクンと痙攣した後、ドサッと地面に崩れ落ち、黒煙となって消滅した。
しばらくの間、少年は息をすることすら忘れていた。
カンカンカンとゴングのような音が鳴り、中央にある宝箱が開く。
「ごめんね、余計な世話をした」
男が話しかけてくる。
そこで、ようやく少年は意識をはっと取り戻した。
「そ、そんなことはありませんっ! た、助けていただいてありがとうございますっ!」
「見たところ死者はいないみたい。まだ、みんな魔力の反応がある」
「あ、あの、あなたっ! あの有名な〝勇者トーマス〟ですよね!?」
「あー、そうだけど……その呼び方はやめてくれない? なんだか、ちょっとこそばゆい」
言うと男はぽりぽりと頬を掻き、ストレージから錫杖を取り出す。
男は倒れた仲間に向かい回復呪文を使用した。
「これで一応、大丈夫……だと、思う。治癒魔法は専門じゃないからさ、後から本職の人に診てもらった方がいいかも」
と、男の背後からドローンカメラがフィィィィンと降りて来る。どうやら配信をしているらしい。
展開されてる空中画面には、
〝トーマスTUEEEEEEEE!〟
〝キングホブゴブ、ワンパンは草〟
〝てか息するように毎回、人助けするよな、こいつ〟
〝ま~た、若者の脳焼いてるよ、このおじさん〟
〝新米クン、運がよかったねぇ。次からはこうはいかないよぉ~〟
などとコメントが波のように流れてゆく。
中には、いわゆる投げ銭もあったらしい。
男はカメラに向かってぺこぺこ頭を下げると、少年の方を振り向いた。
「ドロップアイテムと宝箱のアイテムは君たちに譲るよ。ただ、深層はまだ早いかもね。もうちょっと修行を積んでからにするといい」
そう言い残すと、男はくるりと向きを変え、剣を持ったままその場を去った。
アーシオダンジョンを制覇した伝説の勇者、藤増誠の背中が小さくなるのを、まるで神仏でも拝むように少年はずっと見守っていた。




